2004/01/21
Wed |
パンロゴは途方もなく透き通った空間を飛行していた。
聞こえて来るのは遠鳴のような風の音だけだった...。遥か下方に在る海から無数に雲が生まれては、ゆっくりとスローモーションのように見えて、しかもすばやく泡のように消えて行くのが眼下に見えた。
突然地球の深い意識から沸き上がっては消えて行く泡のような様は、“謎”そのものを見てるようだった。
パンロゴの今までに見たもっとも不思議な光景のひとつだった。
そして、その光景自体がまた、謎だった...。
それはまるで“樽”が人工衛星のように考えられない高さを飛行しているかのようだった。
「オラ、どこだ...!?」パンロゴはつぶやいた。
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2004/01/21 Wed |
パンロゴは飛行を続けていったいどのくらいの時が立ったのだろう....。
光の弧を描く地平線を眺めながらいったい幾千の闇と光が移り変わったのか...。
しかし、...そのようなことは、およそパンロゴにはかかわりの無い事だった。
パンロゴは太鼓だった。自然が無意識に生み出したものではなかった。
...ジリジリと暑い日ざしに時が止まったような浜辺、その海に程近いヌンガの太鼓職人がある日の午後、昼寝の前に仕上げた幾つかの太鼓のひとつだった。
パンロゴはある一点を目差して落ちていった。
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2004/01/21 Wed |
重力に任せてパンロゴはどんどん落下した。途中に何もない空間から強烈な赤から緑のグラデーションの存在が一瞬出現した!?
それはパンロゴの存在ににダブルように入り込んで、パンロゴはなにかしらオーラのような輝きを帯びた。すると渡りをする大きな鳥のようにゆるやかにおおきな翼がゆっくりとパンロゴの背に開いたような気がした。
...速度が急激に落ちて、パンロゴはグライダーの滑空のように地平に近づいてきた。
高度が徐々に下がるにつれ、大きななだらかなうねりのある川と広大なジャングルの上を飛行してるのがわかった。
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2004/01/22 Thu |
太古からの森の中に驚く程の清々した空間が開けていることがある...。
森の中から上空を見上げると、数十メートルにも達した大樹が肩を寄せ林立する直中に、鬱蒼とした天井にポッカリと不思議に明るく日の差込むところがある。そこに、このあたりの森に生きる部族の簡易集落があった。
はるか昔から太古のジャングルを住処としてきた知恵にたけたほこり高い人々の集落の名はラゴリンと呼ばれてた。
名こそラゴリンは古くから知られてはいたが、数十年を単位にこのような森の広場を移動して、集落自体がどこにあるかは外部からは特定することが難しかった。
ラゴリンは謎の場所として周辺の部族の呪術師からは、とくに神聖視されてもいた。
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2004/01/22 Thu |
ラゴリンの広い中心の広場には、3人の音楽師が演奏をしていた。
涼し気な木漏れ日に、2台の大きな木琴が対になっておかれ、それは目にも止まらぬ速いパッセージがきざまれていた。
その横に、一見して物凄く古そうな太鼓が横倒しにされ、太い2本のバチで、やはり物凄く速すぎて理解できないパッセージをたたきだしていた...。
しかも、それらは不思議と森の気と溶け合い、得体の知れない煙りのように、ラゴリンのこのジャングル全体から立ち上る“何もの”かのようであった。
ジャングルの上の飛行を満喫していたパンロゴは、不用意に突然足払いを食ったように、そこに落下した...。
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2004/01/22 Thu |
3人の音楽師のかたわらに、煙草をふかしているくしゃくしゃの男が居た...。灰色になった、髭と髪の区別がつかない顔の中からギョロリと目が光った。男の名はカンカラマ...。大変な年寄りにも見えたが、まだ50代のようにも見える、かいもくわからない風貌をしていた。
このラゴリンの中でも、もっとも信頼されている長老格の呪術師、カンカラマの目の前にパンロゴは落ちて来た。
「....これはビックリじゃ!?...太鼓の兄弟が突然やって来おった!?」
カンカラマが、森にポッカリと開いた穴を見上げて言った。
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2004/01/23 Fri |
物凄い速さで木琴をたたいていた音楽師の一人が手を寸分も止めずに言った。
「思わぬお客の来訪は楽しいもんだな!」
男は盲目で名をラックスマンといった。
向こうのもう一人は、まだ少年で彼の弟子でプリンという名だ。瞳がクルリンとした童顔に似合わず物凄いスピードは彼に負けていなかった。
プリンもまったく手を休めずに言った。
「太鼓だ!?太鼓だよ!?」
その声に半分居眠りしながらたたいていた太鼓パートのおやじがハッと我にかえった。
キツネ顔のおやじは、自分の事かとテンポをえらく崩してしまった。
瞬間、目の前の空間がグワーンと歪んで穴が出現し、キツネ顔のおやじは真っ逆さまに吸い込まれた...。
「言わんこっちゃないな...。落ちたぞ、...誰か助けてやれ。」
カンカラマが首を廻して、側にいた鳥の仮面の弟子に指示した。
パンロゴはきょとんとしてその場をながめていた。
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2004/01/23 Fri |
カラス天狗そっくりなその風貌の弟子は、すぐさま大きな葉の団扇で、そのいなくなった空間を煽ぐと再びあの穴が出現し、見る間もなくそこに入り、キツネ顔の男を追って消えてしまった。
取り囲んで見ていた子供達は、我先にと、まねて葉の団扇で煽いでみたが、穴は開かなかった。
「ウォホー!スピードを上げるぞ!プリン。」
ラックスマンが叫んだ。
プリンはラックスマンを見てうなずいた。
2人の木琴は、ますます信じられない程にスピードを上げた!
「充分!間に合い過ぎるほどじゃ...。」
カンカラマはクルクルと手を回しながら何もない空間から100円ライターを取り出し、くしゃくしゃの煙草に火を着けた。
子供がクルクルっとまねをした。
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2004/01/25
Sun |
2台の木琴は増々スピードをあげてほとんど手が見えない!
突然木琴が、まるごと浮かび上がった。ラックスマンもプリンも浮いていた...。
「ラックスマン、ちょっとまて。いま天狗がやつを連れて戻てくる。」
カンカラマが立ち上がり、側にあった棒切れを拾い上げ言った。
すると、再び広場の何もない空間が歪み、突然カラス天狗とキツネ顔の男がもんどりうってカンカラマの前に現れた。同時にカンカラマの額に刀が降り掛かってきた!
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2004/01/26 Mon |
カラス天狗とキツネ顔の男の頭上から振り出された、人の持たない刀のみが、ガシッとカンカラマの脳天を2つに!?
...いや、そこにいたパンロゴには、ゆっくりとカンカラマが後ろに退いて棒で受けたのが見えたが、それは、ほんとに一瞬の事だった。
「おみごと!」
事情は解らないが、パンロゴは思わずパチパチと拍手していた。
突然の客からの拍手に、カンカラマはテレ笑いをして言った。
「いやいや、これは、おはずかしいとこ見られたようじゃ。」
間髪を入れずに、再び2の太刀、3の太刀と来たが、カンカラマは気にせず組みせず、あっ、というまもなく刀を雑作もなく踏み付けてしまった。
「む、コレはな、無謀な侵入者を防ぐ“あちら”のオートマティックの防御システムなのじゃよ。コチラ側の負のイメージを利用したものじゃて、もっとも急所をついた、いやな形をとって来るんじゃ、....くわばら、くわばら。」
カンカラマが刀を拾い上げて言った。
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2004/01/27 Tue |
「さあラックスマン、これでいいぞ。」カンカラマが言った。
するとプリンが左のバチを逆さにして、端の鍵に打ちつけ 速い調子でカウントを取りながら短い曲のフレーズの繰返しを、ふたたび始めた。
しばらく繰返しながら木琴は、だんだんと火の要素を帯びてきた...。
あるところで、ラックスマンがそこに降り立つように同じフレーズを左手で乗せながら、右手は軽くメロディを弾いた...。妙なるこの上なく美しいフレーズが、突然湧きだした水のようにこぼれ出て来た。
...信じられない美しさだった。
目の前に、別のリアルな存在そのものが出現しているかのような、すべてが、そのような見え方をした。
パンロゴは、自分が以前、木や動物だったことを如実に感じ、その無惨で一方的な殺戮に対しても、一切恨みのない、いさぎよい死と赤裸々な感性が思い起こされた。
...そして、風や空や星の精気を吸い込み、...そして、そして、やさしいヌンガの職人と海が自分を作り出してくれた事を、衝撃をもって思った。
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2004/01/28 Wed |
パンロゴは自分が何者だったかということを深く、深く、思った。
その間にも、ラックスマンとプリンの演奏はスピードとともに、どんどんと別の形に昇華していった!?
...樹間に花が咲き乱れたかと思うと、闇に静けさがやって来た。...周囲のまったくあらゆるものが、強烈に現れては消え行く不思議な空間となった。
ふたたび彼等は、地上から木琴ごと浮き上がっていた。
それはますます速くなって行き、ついには空間全体が嵐のようなスピードを帯び、手のつけられない感じとなった。
...存在と風景は、限界を超えた。
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2004/01/28 Wed |
信じられない力で空間を飛行してる、いや空間が入れ替わってる!?
それが極まり、突然として光り輝く静寂が木琴の周辺を覆った。
カンカラマは、待っていたようにその中に勢い込んで飛び込んだ。間髪を入れず、弟子のカラス天狗もすぐさま飛び込んだ。...そして何者かがパンロゴをも飛び込ませた。
3人は宙を浮遊していた。
そこは静寂が占めていた。とてつもなく大きな木の下に、湧き水がつくり出した水面が、大樹を映しだしていた。
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2004/01/29 Thu |
「実際、...“眠り石”があることは広く知られているが、問題はどこにそれが在るんだか、かいもく解らんことだよ...。
“眠り石”はな“アラヤシキ”を自由に司ることができるのじゃ...。
しかしお前さんが降って来た時、キツネの太鼓が居眠りこいたじゃろう?それで“穴”に落っこちた...、で、戻った時に、刀がワシの脳天を一撃した...。
...そんときじゃ、閃いたんじゃ!“お前さんはここに偶然落っこちた”んじゃないとな、...“穴”はワシを本気で殺す気だった!“穴”は、...“アラヤシキ”なんじゃ!」
カンカラマは浮遊しながら半分独り言のように言った。
「“アラヤシキ”?オラ、知らねえ。オラただの太鼓だぞ?」
パンロゴが言った。
「いーや!いーや!ご謙遜!アナタ、ただものではゴザラン!」
カラス天狗が言った。
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2004/01/29 Thu |
「これは誰がやってもできるこっちゃないぞ!それには強力な木琴たたきが必要じゃ...。ラックスマンなしでは“アラヤシキ”を飛ぶのは無理じゃな...。じゃがな、木琴の音が聞こえる範囲を出ちゃいかん!墜落するぞ...。」
カンカラマが言った。
「オラ、フロシキなら知ってるけど...!?」
パンロゴが言った。
「バカ!“アラヤシキ”じゃ!そのうちにわかる。」
カンカラマがカワセミの姿で言った。
「まるで木琴のタイムマシンですぞ!」
カラス天狗が羽をバタバタとばたつかせながら言った。
2台の木琴を夢中になって弾くラックスマンとプリンのかたまりは、宝珠のようなかたちをした虹色のオーラに包まれていた。シャボン玉のようにあらゆる色に変容しながらも、存在は動かず、違う場にあるようであった。
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2004/01/30 Fri |
太鼓とカワセミとカラス天狗の奇妙な飛行は、その空間感から、巨人の国の蚊トンボのように小さく見えた。
どうやら木琴は“アラヤシキ”へ入る触媒の役を果たしてるようで、入ってしまうとオートマティックに“アラヤシキ”航行が始まり、直接、曲の情感や変化は関係無くなるようであった。
まさにラックスマンとプリンの木琴は“トビラ”に近い役目を果たしていた。
微妙にチューニングが異なる2台の木琴の、左右の音のうねるような周波数の違いが、この異質な“アラヤシキ”航行のムーブメントを維持していると思われた。
気づかないほど遠くの方から、微かに一すじの声が聞こえていたのにカンカラマが気づいた。
カラス天狗も、気配からその方角に鋭い目を凝らしていた。
パンロゴは警戒する何ものもなく、飛行を楽しんでいた。
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2004/01/31 Sat |
しかし、皆そちらにいくら目を凝らしても、笑顔でほほえむ気配だけが感じられるが、何もそこには無かった。いや、どこかで“見る”ことの虚構を比喩しているようにも感じ取れる“ほほえみ”のようにもカンカラマには思えた...。
「む、...感じ取られるものだけが、ここでは正しいのか...!?」
カンカラマは無言でつぶやいた。
体感覚に全神経を集中させてみた。
突然、音速を破るような感じが体中を突き抜けた!?
今迄の視力が幻だったように思えるほどに、突如としてあらゆるモノが鮮やかに、きわだった存在性を帯びた。
ちょうど目の前にあるカラス天狗の背の羽が目眩がするぐらいハッキリまぶしかった。
上空を振り返り、パンロゴを見るとジュラルミンのように、そのボディは輝いていた。
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2004/02/02 Mon |
どこからか、でかい怒鳴り声が聞こえた!?
「ストップ!便所じゃ...!」
一瞬の白い閃光が地平に走り、あたりが急に夕暮れのようになった!?
「ラックスマン!?...そりゃマズイぞ!?」
咄嗟にカワセミから元の姿に戻ったカンカラマが言った。
...あたりはみるみる夕暮れは深紅から、透き通るインディゴになり、夕まぐれとなった。
カラス天狗は、この急変にスキなく腰の太刀に手をやった。
パンロゴは身構える間も無く、何物かの力が強力に加わりピユーンと地上にたたき落とされた。
...パンロゴは半分地面に埋まった顔をもちあげて言った。
「オラ、目が覚めたど!!オラ、たたくだ!」
それとともに、地獄の底からわき上がってくるような激しいパンロゴのリズムが、あたり一面に鳴り響いた。
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2004/02/02 Mon |
パンロゴの低くとどろくリズムに、何者かが呼び覚まされるように地面から涌き上がって来た?!溶解した銑鉄のように激しくオレンジから暗い赤色を帯びたものが重力に逆らってグワーンと立ち上がった...?!
突然、パンロゴのリズムに、強力に別の2つのポリリズムが加わった!?ドロドロした物体はパンロゴの目の前で、見上げるような仁王像の阿吽の力士になった!すさまじいパンロゴパーティーとなった!
阿形が轟くように吠えた。「おどれ〜!!!」
すると、周囲の地面からボッコリ、ボッコリ、と無数の人骨が躍り出てきた。
次から次ぎ、骸骨達が涌き上がり、一帯、闇に踊りまくる骸骨達で、動くネオンサインのような状態になった。
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2004/02/02 Mon |
木琴のコントロールを失った“アラヤシキ”は、その無意識的な力そのままに、いったい何が現れてくるかまったく見当もつかなかった。しかし、困ったことに、パンロゴはいきいきしたリズムに燃えていた!パンロゴはそのような状態の方が、生命力そのものが敢然として燃え立つようなのだ...。
墜落して、泥で顔が真っ黒になったカンカラマがあきれて言った。
「パンロゴよ、...おまえは、こっちの方がよほど輝くな?!」
「見違えるような動きだ...!」
真っ暗やみの中、黄色い目だけが爛々と光り、カラス天狗が言った。
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2004/02/03 Tue |
「こりゃ“アラヤシキ”が普通じゃないぞ...!?」
カンカラマは顔の泥を拭いながら言った。
「パンロゴの挑戦を受けたと思われる...。」
カラス天狗は太刀のこいくちを切って言った。
音量で圧倒してきた力士達は、ますます狂ったように激しく太鼓を打った。
しかし、パンロゴの音色はそこに沈まないどころか、うまく音量の大波を乗り切って、すべるようにフレーズが踊る。ますます無数の骸骨が地面から飛び上がってくる。
「なかなかやるな!小僧!」
吽形が吠えた。
ふと、気配に気づき何となくカラス天狗は後ろを見た...。...一筋、遠くの方から何やら針のように輝くものがこちらを目掛けて凄まじい勢いでやって来る...?
目にも止まらぬ速さでパンロゴのすぐ背後まで来ると、山包丁を振り上げ、切り掛かった!?
「山姥だ!」
咄嗟にカラス天狗は、体を落とし抜刀とともに切り捨てた!
山姥は二つに割れた。
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2004/02/03 Tue |
突然なんの前ぶれもなく、花が天空から降り注いだ。
「天狗よ、抜刀のみごとさに“アラヤシキ”が感嘆の声を発したぞ。」
カンカラマが空を見上げて言った。
「恐れ入りまする...。」
太刀をスっと収めカラス天狗が言った。
カンカラマは腰に着けてるずた袋からゴソゴソ何やらとりだした。何か植物の葉のようなものだった。両手でもみしだいて粉々にすると、スーっと息を吸い込み強く吹き飛ばした。
それは思いのほか遠くまで飛んで、キラキラと闇に吸い込まれていった...。
「どこまで効くかわからんが...、」
カンカラマがしわがれた声でつぶやいた。
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2004/02/04 Wed |
今まで張り合うように音量を競っていた阿吽の力士達は、突然変容した!
プラチナのように輝く金属になった。いや、力士だけではなかった、一面が銀世界となって、ツルツルの表面は、すべてにすべてを映し込んでいた...!
踊りまくる無数の骸骨達は透明なクリスタル状となって、パンロゴ達の目の前は、透過と反射に目まぐるしく入り乱れた...。
「ほう!まったく予想の他だが、...効果はあったようだぞ。」
カンカラマの顔がにんまりと笑った。
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2004/02/04
Wed |
「あの粉は何をやったのです?」
カラス天狗がカンカラマに耳打ちして聞いた。
「ふふ、鎮静効果のある葉っぱじゃよ。獣類、それに、ワニや蛇にはよく効くが、蛙や、モグラ、には返って覚醒作用があるやつじゃ...。まさか、金属となるとはな?...そうそう、カメレオンは透明になりおる...、ぬははは、あの骸骨のやつらはカメレオンの仲間なのかー!?」
カンカラマが笑いをこらえながら言った。
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2004/02/05 Thu |
パンロゴとメタル力士の繰り出すリズムは、アバジャへと変わった...。心底の感情の流れを上手くコントロールしてたたきだす、アバジャのリズムは波動として“アラヤシキ”の表層を捉えたようだった。
春の冬眠から覚めたように、アバジャのリズムに乗ってメタルの地面から無数の蛙が這い出てきた。いちいち蛙の肩の振りがまったくアバジャのダンスなのには、パンロゴは、のけ反って笑った。
「よーし!おら、本気だす!」
パンロゴが叫んだ。
やがてみるみる“アラヤシキ”の世界全体が、リズムに合わせて膨張と収縮を始めた!?
「うおお...!?あれはなんじゃい!?」
カンカラマが宙を見上げて叫んだ。
振幅が大きくなるにつれ、空間にブラックホールのようなものが出現し始めた...!?
ゆっくりと渦をまく巨大な穴が天空に出現した!!
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2004/02/06 Fri |
「よう!みんな、待たせたな!それじゃあ再開だ!」
ラックスマンのでかい声が轟いた。
木琴は調子よくグイグイと始まった。
「おお!?ラックスマン!...行き先のわからない旅の始まりじゃ!」
カンカラマが天空に叫んだ。
ラックスマンとプリンが木琴と共に突然目の前の空間をよぎったように見えた。
どこから現れたのか金で出来た馬車ほどの大きな“蜘蛛”が、一瞬に3人を尻の糸で鞭のように巻取り自分の背中に乗せた。
驚いた事に、頭のテッペンがハッチ状に開いて、3人は中に誘い込まれた。
金蜘蛛の中は上級のソファと絨毯で出来ていた。前方はパノラマに開け、横には丸い窓が幾つか開いていた。
「ずいぶんと待遇がイイな。」
カンカラマがソファに腰を降ろし、くしゃくしゃになった煙草を袖から取り出した。
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2004/02/09 Mon |
金蜘蛛は、蜘蛛の移動法そのもののように尻から、糸を空中に解き放つや、
瞬時に浮き上がった。およそ見たこともない風景が次々にパノラマの窓に迫った!どうやら異次元に突入してるふうだった。
金蜘蛛の中には、先客で案内役の“小人”と“異なる知性”が居た。
「いらっしゃいませー!わたくしはこちらのガイドの、ファイファです。どうぞよろしく!」
小人が、カンカラマ達のそばに来て言った。
「わたしは“異なる知性”だ。よろしく。」
メダカの群れのような物が、一斉に向きを変え言った。
「おお、先客がおったとはよかった。一つ質問があるんじゃが...。」
カンカラマが髭をなぜながら言った。
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2004/02/10 Tue |
「どんなことでもお気軽に...。」
ファイファが言った。
「これは“アラヤシキ”の中か?」
カンカラマが言った。
「はい、正確にはさらに、...突き進んでます。はい。」
ファイファが窓を差して言った。
しかし、窓の外は異常な光の羅列から、夜の砂漠を飛行している様な風景に変っていた。遠くに光の群落が通り過ぎるのが、遥か下方に生き物のように見えた。
「地図的な位置判断よりも、空間の質を嗅いで味わうのがイイですじゃ...。
...ああ、夜気のイイかおりだ...ここは“イエロー”ですね、わたしの名はフールです。」
“異なる知性”が言った。
「オラ、覚えがあるような気がする!?」
パンロゴが丸窓から乗り出すように言った。
「“イエロー”とは何です?」
カラス天狗が、フールに聞き返した。
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2004/02/10 Tue |
「“イエロー”とは、単純に、あるものがその色をしている、因縁の部分の事ですじゃ。...たとえば、イオウなど含む石が黄色いとかですじゃ。...組成以前の問題がとりざたされる事を含みますが...、そういう事ですじゃ。」
“異なる知性”のフールが、一斉に右に向き直り言った。
「わたしの目が黄色いということも...?」
カラス天狗がフールを覗き込んで言った。
「そうですとも、あなた以前のところで黄色い!それが結晶化してるのが、...あなたの夜でもよく見える目ですじゃ。」
フールが言った。
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2004/02/12 Thu |
「うっ?!?あれっ、あれは何です!?」
カラス天狗がパノラマに迫って叫んだ。
鮮やかな黄色い結晶にどんどん集結していくものがあった...。見渡す限りの空に黄色の結晶が育っていた!?まるで薔薇の花をつぎつぎと敷き詰めるように上空の天井が鮮やかな黄色に結晶化して埋まっていった....。
「あれは、ひとつひとつ微細な何百兆もの現象の“イエロー”が、因果を吸って“黄”を結晶化してるのです。壮大な景色ですね。」
“異なる知性”のフールが一斉にパノラマに泳いで言った。
「ほう、♪....イエロサブマリン♪、イエロサブマリン♪...と。...わしが、英国のオックスフォードに留学してる時に流行った..。確かにダイナミックじゃ!」
くしゃくしゃの煙草をくわえてカンカラマがフールの脇から覗き込んだ。
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2004/02/13 Fri |
と、みるみる壮絶な雨となった。たちまち天をガス状の濃密雲が覆って暗くなった。
「結晶化で、変成して残った部分が硫酸の雨となって降り注いでるのです。」
フールがザッと向き直って言った。
「凄いもんが降りますね...。残留思念ですか?」
カラス天狗が言った。
「ここの海はそんなわけで硫酸の海です。いろいろな形有るものは、自らが溶かしてしまいますが、方向のない巨大な思念の入り交じった海でもあります。」
フールが続けて言った。
...いつの間にか雨は上がっていた。
金蜘蛛は、何ごとも無かったかのように高空に飛び立った。
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2004/02/13 Fri |
パンロゴは思い出した!
かって、天に聳えんばかりの樹木だったことを!
崖の上の台地に堂々と立ち、...海からの風に常緑の葉を震わせ、その豊富な胸囲に無数の丸い黄色い果実がなっていたことを!?
「お、おら、いつか“イエロー”だったぞ!?」
突然でかい声がのどをついた。
声の衝撃か、何かがパンロゴに落ちて来た?
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2004/02/17 Tue |
「カメレオン!?」
パンロゴとファイファとフールの声がそろった。
パンロゴの上にゆっくりと、その古代生物の面影に満ちたユーモラスなからだが透き通るように現れた。
「ああっ!?透明なガラス細工のようなからだが...、落ちたショックかな?、みるみるもとのグリーンに戻ってるね?」
ファイファが言った。
「かわいいもんですね!どこに隠れていたんだろう?」
フールが一斉に目前まで近寄って言った。
「オラ、なんだか思い出してきた!こいつは“メロン”って名だ!オラの古い友達だ!!」
パンロゴがどなった。
パンロゴの記憶はどんどん“イエロー”にさかのぼった。
海辺の台地に望む丘の上に立つ、他に類を見ないほど巨大な柑橘系の単独樹は、航行する船乗りからも、未知の世界の境界線として独特の目印になっていた...。
初夏の頃になると白いプロペラのような花が凛々しく、旺盛な葉の中に何かの勲章の輝きのように現れる。あちらこちらに幽かに...、その甘い香は遠くの船までも届いた。
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2004/02/18 Wed |
「しまった!?...カメレオンだな!?...もとに戻っておる...。
アレの効果が薄れてきておる!!“アラヤシキ”が戻るぞ!!」
カンカラマが窓の外をギョロギョロ見回し言った。
「油断できませぬぞ!」
カラス天狗も刀の柄に手をかけた。
そんな取り込み中にもかかわらず、パンロゴはカメレオンを目の前に目をうるませ、必死で語りかけた。
「メロン!メロン!わからんだろうけど、オラだ!思いだせ!大きな大きな、お前の昔住んでたなつかしい樹だ。涼しい海からの風に、オラの枝先でお前はよくまどろんでただなー。お前の他にもたくさんの昆虫や鳥達がオラを住処にしてた、けどオラはお前がとりわけ気に入っていたんだ。それというのも、...お前のねむりは、何故かみんな、すべてを不思議なしあわせな気持ちにした...。遠くをすべる貨物船...。メロン、お前は平和なまどろみそのものだった!
...そこにヤツが現れた。」
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2004/02/18 Wed |
「...Mr.オレンジ...?...Mrオレンジか?....久しいのう。お前さんの枝の上は実に最高の眠りの場所じゃった...。
お前さんの廻りには、たくさん、...実にたくさんの“ねむり”が在ったのう...。今はそんな所は、...もうどこにもない。“ねむり”の世界は、もうこの世に存在を難しくしたよ。お前さんが最後じゃよ、お前さんが無くなってからはわれわれの世界や昆虫達の世界にも“ねむり”がなくなってしもうたよ...。」
メロンが直接“心”にしゃべった。
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2004/02/19 Thu |
「ほほう!パンロゴ、おぬしの以前の魂が、“ねむり”のマスタークリエーターだったとはな...!む!それで、おぬしがよお納得いく事ができた、それはまさに数奇じゃ!
しかも今では、“ねむり”はただの休息としてしか意味が通じん...。“ねむり”が直接に持つ信じられない力については、もはや本当に知るものは誰もおらん。真に失われた謎のベクトル、それが“ねむり”じゃ!
以前、“アラヤシキ”はこの“ねむり”を知っていた....。
恐ろしい何者かが忍び寄り“アラヤシキ”を変えてしまった!
今“アラヤシキ”はこの事を自らまったく知らん!
...呪術師でも、もはやこれを知る者は、ごくかぎられた者しかいない...。
パンロゴの以前の魂、Mr.オレンジは、“アラヤシキ”を変質させた“恐怖の力”に八つ裂きにされ葬られたのじゃ!」
カンカラマはうわ言のように、低い良く通る声で言った。
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2004/02/19 Thu |
「“ねむり”のマスタークリエーターとは何です?」
カラス天狗が聞いた。
「すべてここちよい眠りには条件が有るだろう?そのここちよいねむりの世界を、まずは自然に造り出せる者のことじゃ。
...もっとも、そこに大切な事がある!...眠りの奥にある、途方もない膨大な厚みの世界に精通せねばならん。」
カンカラマが言った。
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2004/02/19 Thu |
「そう...、“イエロー”は“ねむり”の入り口だったとこじゃ...。今も、昔の面影は在る...。
...じゃが、自然は見る影もなく荒れた...。海は香を失い、大地のやさしさは消え失せた!深い神秘の薫は完全に閉ざされ、“アラヤシキ”は“ねむり”を忘れてしまった。いたずらに戯け、遊ぶだけの存在に成り下がってしまいおった!」
メロンは目玉をあらぬ方向に動かしながら、みんなの心に語った。
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2004/02/20 Fri |
金蜘蛛のパノラマの向こうには雪が降り始めていた...。
「“恐怖の力”が忍び寄り、Mr.オレンジを八つ裂きにしたと言いましたが、どうなったのです?“恐怖の力”とは何です?」
カラス天狗がふたたび聞いた。
「それはそれは巧妙な事じゃったよ...。
ある時 、虹色の蛇の9匹の集団がどこからともなくやってきて、Mr.オレンジの太く別れた9方向の幹に、それぞれ登り眠りに入った。
すると、そこでうたたねする者たちの全ての“ねむり”に忍び入り“ゆめ”を振りまいた...。“ゆめ”を振りまかれた者は夢中になった...。そして“ねむり”をむさぼり喰われてしまった。
“ゆめ”を見た者はふたたび“ねむり”のまどろみに入ることが出来なくなった...。
すべてが見掛けの“ねむり”だけになってしまったMr.オレンジは締めつけられた...。徐々に自らの“ねむり”を閉じた。
すると大きな幹は、大音響とともに9つに裂けて割れた...。
...そうして“ねむり”は失われたのじゃ。」
メロンは左右の目で別々の方を見て語りかけた。
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2004/02/23 Mon |
「今“恐怖の力”とは、と申したな...。
...いまだ実体をよう見せておらんのじゃ...。しかし、わしの予感では実体化する日は近い!もうすぐじゃ!
わしらが日々の眠りに、入るおりにも日常的に眠りの表層を時としてうばわれる!....このカメレオンのわしでさえな....。
まどろみの代わりにその表層は、夢とも現とも判らずに得体の知れない恐怖の気配で圧倒されるされる...。
“ねむり”を奪われた者達の前に、実体化は近いのじゃ。
どのように実体化するにつけ、...恐怖の力”は実に巧妙じゃ...。
“ゆめ”を餌のように振りまき、“ねむり”をあらゆるものから奪うのじゃ。」
メロンは続けて語りかけた。
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2004/02/24 Tue |
窓の外は一寸先も見えない猛吹雪になっていた。
「“恐怖の力”とは、4000年から6000年の昔、先に滅んだピラミッドの文化圏がその命と引き替えに隠蔽した力だよ。ところが、それが1900年代に入り、世界規模の森林破壊がどんどんと進み、“ドリームストーン”の封印の箍がゆるんできおったのじゃ...。するとやつは実体化こそまだ出来ないが、つぎつぎとイキモノ達に“ゆめ”を振るまい始めた。
そして、無垢の“ねむり”の力を押さえるべく、忍び寄りで“マスタークリエーター”達をつぎつぎと破壊し、ついには“アラヤシキ”さえもその手に落ちた。やつは“ドリームストーン”のある場所を突止めたのじゃ...。」
カンカラマがじっと窓の一点を睨んで言った。
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2004/02/25 Wed |
「お言葉ですが、呪術師のカンカラマさん、その“恐怖の力”って、...あれじゃないですか?」
フールが窓の外を一斉に向き直って言った。
猛吹雪の中を空間が裂け、巨大な緑の目が覗いていた!?
「う!?」
カンカラマは声を失った。
パノラマいっぱいに広がったその目は、凝視するに耐えなかった...。
一気に身体の奥底から、何かエネルギーを吸い取られたかのような脱力感を急激に覚えた。
「見るな!やつを見ちゃいかん!ファイファ!この場をすぐに立ち去れ!!」
カンカラマが向き直り怒鳴った。
ファイファは金蜘蛛をすぐさま別次元にスライドさせた。
カンカラマはその場に倒れ込んだ。
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2004/02/25 Wed |
「カンカラマ!?大丈夫か!?」抜刀したカラス天狗が飛び寄った。
「...いよいよ“恐怖の力”実体化したの!?」
金蜘蛛をコントロールしたファイファが振り向いて言った。
「皆さん、落ち着いてください。
...やっぱりそうでした!これは“アラヤシキ”の“忍び寄り”です!
...私達は無事ですから...。
...“恐怖の力”は、実体化はまだできないのです!!
“ドリームストーン”を見つけだせてないのですじゃ!
あの緑の巨大な目は、呪術師カンカラマさんの“恐怖の力”を危惧したイメージを利用して、薬の覚めた“アラヤシキ”が仕組んだものですよ。」
異なる知性のフールが一斉に回転して言った。
「...ううっ、一瞬、お仕舞いかと思ったぞ...。“アラヤシキ”め!」
カンカラマが首を降りながら立ち上がった。
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2004/02/26 Thu |
金蜘蛛は不思議な場所にいた。
そこからは遥かな地平線が360度で見えていた!?
「ところでいったいここは何処です?!」
カラス天狗が窓の外を見て言った。
「オラ、出てみる。」
パンロゴが言った。
ハッチを開け、外に出てあまりの高さに驚いた。
なんと石組みされてる、信じられない高さの塔の天辺に金蜘蛛は着陸していた。
「ここは金の呪術の塔です!」フールが言った。
「おお!ここは“石”を操るには丁度いい...。」
カンカラマは外に出て、遠くの山並を一望して言った。
「“眠り石”を呼び寄せるつもりじゃな...。
“眠り石”さえあれば“アラヤシキ”のコントロールが可能じゃ!“眠り石”は“ドリームストーン”の欠片じゃ!」
カメレオンのメロンが舌をクルッとさせて言った。
「...パンロゴ、わしに協力してくれ...、ティガリのリズムを!」
カンカラマは2つの瓢箪のマラカスを取り出すと両手に持った。黙想して、山並に向かい静かに振り始めた...。
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2004/02/27 Fri |
一陣の風が突然吹き上げてきた。パンロゴ達は、重心を落として堪えていた...。両手を広げたカンカラマの髪が、ぼうぼうと逆巻いていた。
「オラがMr.オレンジだった時に、オラの根方に行き倒れた男に“眠り石”を見せてもらったことがあったな...。金色に透き通る不思議な輝きの石だった...。あの男。」
パンロゴはティガリのリズムにのせてうわごとのように喋った。
風は渦を巻いた。
「それはジュジュじゃな。その男の本性は最高の呪術師じゃ...。
じゃが不思議なことにあるとき悟りを捨て、一人の悩める凡夫としての生を選んだ..。
そうか!ジュジュの手に“眠り石”は在るか!...判ってきた!...良き精霊ティガリよ、感謝する!」
カンカラマは目をカッと開いて言った。
一陣の風は去り、遠くの山並に遠雷が轟いた。
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2004/03/01 Mon |
ジュジュは山の峠道を歩いていた。山のすがしい冷気を含んだ空気の中、先ほど来ずっと、2匹の黄の蝶がまるで自分の道案内でもするように、ヒラヒラと先を行くのをジュジュは見ていた。
道は曲りくねりながら見えなくなっていた。
「ジュジュ...。」
誰かが自分の名を呼んだ?
ジュジュは辺りを見回した...。しばし立ち止まり気配をうかがってみたが何者もいない...。この3日程は人も見掛けて無い...。
しかし、今、幽かな声だが誰かが自分の名を呼ぶのが聞こえた...。
「ジュジュ。」
今度ははっきりと聞き取れた。
それは意外なところから聞こえた。
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2004/03/02 Tue |
声は自分の懐から聞こえた?!
急いで懐にあった革袋を開けて、ジュジュはあの金色に透き通る“眠り石”を掌に取り出した。
「ジュジュ、その時が来た。」
石が喋った?!
「お前の“大いなる智”の輝きを取り戻す時が来たのだ。
閉ざされていた世界の叡智は今、夜の闇を抜け、朝の太陽のように力強く登ってきた!
自ずからな輝きは、お前に魂の朝を迎えた!
自らを惜しむな!限り無く己を与え尽くせ...。」
それだけ強く輝くように喋ると、石はその場から消失した。
ジュジュは覚醒した。...すべてのものが二度とない輝きに充ちていた。
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2004/03/03 Wed |
「私は呪術師だが、今の今迄、この何十年というもの、見掛けの叡智を避け、自然に戻ろうと意識してきた...。
特殊を排し、一般のありふれた意識の下にある“ねむり”に没入してきたのだ...。
しかし今、“眠り石”が私に告げた!
夜が明けたと...。私のここちよい眠りは終わった!」
ジュジュは独りこころに噛み締めるように言うと、力強く足を踏み締めた。
あらゆる所、抗いきれない“恐怖の力”は忍び寄っている!
“恐怖の力”とは何か?!
“恐怖の力”とは、もともと天使の聖なる“杖”であった...。
すべてのものが、その力の恩恵から、進化をし、競合をし、その完璧さゆえに“叡智”さえも祝杯を揚げたすばらしい力だった...。
だが、白昼のあさはかな意識は、その盲目さ故、“ねむり”をないがしろにした。
昼間の“杖”しか見えない者どもは、その能力が、白昼に、異様に巨大化するのに気づかなかったのだ...。
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2004/03/04 Thu |
「私を呼ぶ声が聞こえる...。
“やつ”は実体化こそまだしてないが、その力に打ち勝つことは今となっては難しいことだ..。
古代からの原生林は“恐怖の力”に対して、大いなる抑止力となっていたんだ...。
それは“大いなるねむり”が在ったからだ...。
浅はかな人間の欲は、とりかえしのつかない事をしたよ...。」
いつの間にかジュジュは衣に風を受け森の上を飛行していた。
そのころ、東の“斑の塔”のある大都市では、驚異の速さのマシンが生まれていた...。自己増殖と学習能力を兼ね備えたこのマシンは、自分自身で、物凄い速度で自己改造と進化を始めていた。
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2004/03/05 Fri |
「オーイ!カンカラマ、おれは疲れたぞ!一回戻る!」
ラックスマンのばかでかい声がやおら聞こえた。
ただちにカンカラマ達は、空間に出来た“穴”から吐き出されるように、ラックスマンとプリンの後ろにドッと転がり出た。
木琴の前には、鉄でこさえた蜘蛛と、魚と、カメレオンと、小人の人形が置かれていた...。
「ありゃ!?こりゃ、もとの村だべ!?」
パンロゴがあたりを見回して言った。
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2004/03/09 Tue |
ラックスマンは村の女にお茶を入れてもらって一服つけてる。プリンは、うまそうに饅頭を頬張っていた。
なんだか活気のある和やかな空気が戻って、みんなの心がやわらいだ。
「がははは、腹が減っては戦もでけんからのー。」
ラックスマンがプリンを見て笑った。
「もぐもぐ...ごっくん、...は、はい、うぐ!..。」
プリンが喉に饅頭を詰らせた。
「ゆっくりお食べよ!」
側の女が言った。
「まだまだあるよ。」
別の少女が笑った。
村の森の日だまりには、男や女の笑いがけむりのようにこだました...。
カンカラマも脇で小便をして、みんなの輪に戻ろうと歩いてきた。
...そこに何処からともなく鳩が降りてきて、カンカラマに向けて歩いてきた?
すぐ手前まで来るとクルッと向きを変え、カンカラマと同じ方向に数歩行くと、パッと飛び立ち何処かに消えた?
カンカラマは急に何か心が楽になったような気がした。
...懐のあたりを探ると“石”が在った?!
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2004/03/11 Thu |
「これは金が透過しておる...。“眠り石”か?!...う〜む、これは、驚いた!向こうからやってくるとは!
ききしにまさる凄さだ...。心の、何の負担も無くなってしまったぞ...。」
カンカラマは“石”を掌に乗せしげしげと見つめた。
軽々と心が思いのままに動いた...。
一瞬にしてあらゆることが可能だった。...思い煩うということが、どれほど生まれ持った“いのち”の光輝を鈍らせていることか...!
この石の“判断”以前の無垢の世界は、天衣無縫の空間を如何様にも存在させることが出来た。...テニスボールを、どこも破らずに毛のないツルツルに裏返すことなど朝飯前だった。
「カンカラマさま〜!大変です!」
カラス天狗が、血相を変え走り寄って来るのが見えた。
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2004/03/17 Wed |
言う迄もなく、カンカラマは納得した...。走り寄るカラス天狗の背後の空間に立ち昇るものを見たのだ。
...青白い光の粒子からなる、巨大な天の川のような柱を...!
「いよいよ来おったか!?」
カンカラマはそれを見上げながら叫んだ。
「カンカラマさま!早く!...準備は出来ております!!」
カラス天狗はカンカラマの腕を掴むと一気に飛び上がった。
心臓が微振動してるように震えた。
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2004/03/18 Thu |
ラックスマンは気合いで鼻を「フン」と鳴らした。
それを合図に、プリンはカウントを逆持ちの左ビーターで打ちつけた。
ラックスマンは、軽く速いフレーズに飛び込むようにスピードを上げた。
「ピーレじゃ!」
ラックスマンがにんまり空を見上げて言った。
プリンは脇目もふらず物凄い集中でカウントしていた。
ますます速度が上がった。
まるで吟遊詩人の早口の呪詛のように、ラックスマンのフレーズの嵐が、カウントを縫うように空間に鳴り響いた。
ラックスマンとプリンは、出現した巨大な青白い光の柱に吸い上げられるように遠巻きに回転を始め、徐々に上昇していた。
「ピーレは、音楽以前の“諸々の気”と“フレーズ”が未分離のものじゃ...。いよいよ、“より深いところ”に突入じゃ!」
カンカラマは、この状況を金蜘蛛のパノラマから覗き込み怒鳴った。
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2004/03/23 Tue |
「通常“ピーレ”と言うのは木琴で語る“ものがたり”ですね...。
木琴を、まるで言葉を人が喋るように巧妙にたたくのです。
...し、しかし、これは“言葉の起る以前”に突入しております!
ラックスマンはアラヤシキに、なんと真っ向から挑んでますよ!」
カラス天狗がカンカラマの肩ごしに見上げ、言った。
「それも別次元からな...。...うむ、...“石”が唸っておる!?
よし!わしらも行かにゃなるまい!」
カンカラマが言った。
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2004/03/26 Fri |
幾層もの倍音と和音が、恐ろしいスピードで重なりあって、時空が面白いように変容した。
空間は一気に開けて、金蜘蛛は明るい積乱雲の上を、光の柱に螺旋をえがいて近づいた。
「ふーむ、やっぱりそうですね。
この柱はアラヤシキ本体ではありません。
アラヤシキ本体は自在に変容してつかみ所がありませんが、
これはこの次元に投影されたアラヤシキの航跡です。
この軌跡をたどれば、アラヤシキの“島”の部分にたどり着けますよ!!」
異なる知性がしばらく光の柱に見入っていたが、一斉に反転して言った。
「“島”じゃと?!」
カンカラマが怒鳴った。
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2004/03/26 Fri |
「アラヤシキが、存在として実体化しておる?!ホントか!?」
カメレオンがそのままのポーズで、止り木からクルッとぶら下がって聞き返した。
「かなり以前になりますが、無意識海の絶海の孤島にその島が実在するということをイルカ達から聞いた事があります。
イルカ達によれば、ある時、宇宙からの飛行体が無意識海に衝突して、島が出来たそうです。」
異なる知性が返した。
「“ねむり”を忘れた、...アラヤシキ。...“島”にすべての鍵が隠されておるな...。」
カメレオンのメロンがピロッと舌を延して言った。
金蜘蛛は、茫漠とした明るい空間を“島”をめざしてグィーンと大きな円弧をえがいた。
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2004/03/31 Wed |
東の都、斑の塔を、これで十日も、一人の男が見上げていた...。
男は上半身裸で、赤銅色の筋肉質の身体は硬く締ってつやつやしていた。手には打鐘を立て、ときたまかき鳴らしては何やら怒鳴った。男はオブロニと呼ばれていた。
「おぬし、いったい何をしておる?」
ジュジュが傍らに立ち、同じように塔を見上げて尋ねた。
「分らぬか?」オブロニは、上を見上げたまま言った。
しばらくオブロニを覗き込んで、ジュジュが言った。
「確かにこの塔は美しい...。」
「そうだろう?」そう言うや、オブロニは 鐘を打鳴らし大声で歌いながら、その場をさっさと立ち去った。
「あの、悪党は何者だ?」
ジュジュが消えたオブロニの姿に向かって言った。
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2004/04/13 Tue |
斑の塔は、陸路東の都に入るおり、峠からの遠大な眺望に突き出て見えた。
古くから在る塔で一見幾層にも重なる巨大な五重塔のような風貌であったが、その内にオベリスクのような本体が存在した。
このような構造物を造る事は、古代の土木技術ではまったく不可能と思われた。しかし、その本来の目的と由来は、今となっては誰も知るものはなかった。
その中心柱は、周囲の面が正五角形で形作られ、磨きこまれた硬質のその壁面はダイヤも歯の立たぬ金色の半透明の物質で出来ていた。先端は薄金色に輝くような五角錐をしていた。塔のもこしは、見せ掛けの屋根を後世の権力者が着けたものだった。
それは、凛然として在った!
「この謎は、今も“生きて”おるぞ!?まともな事では誰も解明できん...。」
ジュジュが、真下から塔を見上げて大声で言った。
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2004/04/15
Thu |
東の都は多種多彩な民族に溢れていた。
...民族のるつぼ?いやいや、もはや人間だけではなかった...。
...改造された人間、あらゆる遺伝子の混交と最先端の科学からうまれた新生物達...。高度な作業ロボット、それに自己増殖進化するコンピュータと、張り巡らされたネットワーク。
ありとあらゆるものが自己の存在の“昼の反面”を謳歌していた。
...人間は、と言えば、ますます霊的な存在として、進化の新局面を向かえつつあった...。
...存在の深みは...“ねむり”そのものが在る事を忘れかけていた。
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2004/04/16 Fri |
斑の塔の周囲には、肉眼でもわかるほど、天に透かしてみるときらきらと輝く金色の光の粒子が立ち上っているのが見えた。
見物の物見高い人々は、てんでに手をかざしては驚嘆の声をあげては溜息ともつかぬ声を発した。
塔の周囲には市が立ち、物売りや、物乞いの鐘の音で活気を呈していた。
...その雑踏の音に乗るように、微かに木琴の音が聞こえてきた。
おりしも、ときは春...。突き抜けるような青空に、枝垂れた桜の大樹の陰が花のあでやかさと対比して色濃くその空間を、斑の文様に染めた。
「このようなことが、あろうとは!?」
ジュジュが独りつぶやいた。
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2004/04/20 Tue |
桜の樹の下には人垣が出来ていた。
妙なる木琴の音色はそこから響いていた。
そこには、ヨレヨレの服に盲目で50代程の男と、弟子と思われる少年がコギリを演奏していた!?
「...ラックスマン!?...プリン!?」
ジュジュは人垣から首を延してにじり寄り、口籠って自問した。
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2004/04/20 Tue |
「ふぉふぉふぉ、...ジュジュどの、驚かれたかな?」
ジュジュの背後から、しわしわのヨレたハイトーンの声を掛ける者があった...。
「うぬ...、おぬしは!?」
ジュジュは振り返り、その浅黒い顔の老紳士風な男をまじまじと見た。
「わたしか?わたしはアラヤシキだよ。」
男は、黒いモーニングで、正装の山高帽をうやうやしく取ってジュジュに一礼した。
「ふぉ、それにしても実に素晴らしいミュージックじゃないかね...。ヨロスィ!ヨロスィ!ヨロスィ!」
アラヤシキは間髪を入れず、目を木琴の方に向けて、気を吐き出すように喋った。
「アラヤシキ!!?」
ジュジュの目玉は思いきり開いたまま遠くを見つめた。
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2004/04/22 Thu |
「ぬ、そうか!...どうりで、おかしいと思ったぞ。では、...あのラックスマンとプリンは...本物ではないな...!?おぬしが術で勝手に造り出した、真っ赤な贋ものじゃな!」
ジュジュが言った。
「ふぉふぉふぉ、すばらしいミュージックに、本物も贋ものもあーりません。
ほら、まわりの人達も喜んで見ーています。ヨロスィ。」
紳士は口髭を撫付けながら言った。
「おぬしも...、“恐怖の力”にとうの昔、“ねむり”を奪われておったな...。
目の前の形だけに執らわれるがよい!...本物の持つ、運命の波動と存在のオーラはそんなものじゃない!」
ジュジュは人垣を分け入って、木琴演奏の傍らに立った。
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2004/04/23 Fri |
ジュジュは、贋ものラックスマンの演奏を途中で遮るように止めた。観衆からは何事かと、どよめくような声が起こった...。
その両の手からバチを譲り受けると、交代に、どっと低いイスに座り込んで、ジュジュはいきなり木琴を弾き始めた...。
軽いフレーズで“ピーレ”が転がるように速さを増した。
明るい透明水彩のような光りがその場に満ちあふれるた。
同時に、水を打ったような静けさの中に、声にならない観衆のため息が漏れた。...“ピーレ”に合わせ、桜の花のふぶきが、木琴を愛おしむように撫でてクルクルと回った。
やがて、その場に存在する見えない何者かが、ジュジュの木琴のインスピレーションで集約され、集まり、ほとんど奇跡のような融合と化してきた...。
突如として夜が始まり、新月を超えたばかりの鋭く彎曲したカマのような上弦の月が、インディゴ色の西の空に出現した。その少し上には、輝度を増した金星の強烈な光が、その鞍に乗るように座を占めていた。
ジュジュのインスピレーションは、ますます木琴の姿をとり、奔馬のように疾走した...。
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2004/06/03 Thu |
斑の塔は、ジュジュの木琴に呼応するごとく、インディゴから真の黒に連なる天空に、異様なパルスを発した。
金色の粒子と共に5方向にそれは突き刺さるように飛んだ。
塔の内部のオベリスク状の中心には、真空管のようなオレンジ色の発光が出現した。
それはまるで命を獲たように激しく揺らいだ。
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2004/06/03 Thu |
ジュジュの何らかのエネルギーが口火となって火を灯したのか?
それともジュジュの木琴の波動が扉を開いたのか?!もう後には引けない変化が斑の塔の中心から始まった...。
「あ、ヨロスィ!?ヨ・ロ・ス・ィ...、ヨ...」
紳士の存在が、樹木から粘土の層、水銀から滝、煙突からビルへととどまるところを知らない変容を始めた。
「ヤメロ!!何をする!?」
黒い空にアラヤシキの大声が轟いた。
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2004/06/28 Mon |
アラヤシキの変容は、つぎつぎと凄まじさを増していった。
口火を切ったジュジュでさえ、その異様な変容にはめまいと吐き気をこらえた..。
5方向に固定された風景は、質感を固体状から液体に、はたまた空間に気化したかと思うと、再び水銀状に固着し、それを繰り返したりした。微妙に立木が痙攣するように水銀状の地面にもぐるのが見えた。
何者かが、恐ろしいスピードで意味のない言葉の羅列を繰り返しては、ピタリと止んだりした。
そして、終いには、のたうちまわるアラヤシキ絶叫がメビウスの帯に閉じられたように恐ろしい反響を残して消え去った...!?
ジュジュは掌をそっと開いた...。
...そこには、あの紳士が惚けた顔でクタクタと座り込んでいた..?!
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2004/06/29 Tue |
「まてまて、...ちょっとまってくだされ、ジュジュどの...。」
掌の紳士は、クタクタのからだに空気が入るよう膨らんで、もとの大きさになった。
「いやいや、アイツには困ったもんじゃよ...、“オチッコをしてねなさい”じゃよ...。まったく!」
紳士は汗をハンカチでふきふき空を上目づかいで見上げて言った。
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2004/07/01 Thu |
...それに合わせ、アラヤシキの“島”は周囲に溶解するように静かにその姿を消した...。
“島”を目前にしていた、金蜘蛛に乗ったカンカラマ、パンロゴ一行は、突然の“島”の消失に面をくらった...。
「ま、まて!?し、島が、...無くなるぞ!?」
カンカラマは、おのれの目を疑った。
着陸寸前の金蜘蛛の前面スクリーンに写し出されていた異容な島は、存在を別の場に徐々に移し変えるごとくに、みるみる薄くなり消え去った!?
「信じられん!...ヤツが逃げおる..!?」
カメレオンのメロンが、目を別々の方向に動かしながら鋭く舌を飛ばし言った。
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2004/07/08 Thu |
「ヤツはほんとに逃げたのか?」
カンカラマがスクリーンを覗き込むようにして言った。
「ばかに弱っちいじゃないの...。」
パンロゴが並んで覗いて言った。
すると、カメレオンのメロンがブランとぶるさがって言った。
「ヤツは、もともとアラヤシキの“やどり木”じゃ...。
むしろヤツが寄生していてもアラヤシキにとっては、その養分供給だけならば、全体からは影響のない存在なのじゃが...。
...唆されたのか...?
うむ、なぜか、突然閃いたのかも知れんな..、.増長し、悪さをして“アラヤシキ”を乗っ取ろうと企んだ...。
...アラヤシキを失えば、ヤツも共倒れになってしまうというのにな...。
...分かっておらんのじゃ...。」
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2004/07/08 Thu |
しばらくすると、あらぬ方向を見て、固まっていたメロンが突然ぶつぶつと独り言を言い始めた。
「こまった、こまった、...ところが、理性はこれより先役に立たんのじゃ...。
見るもの聞くもの、存在の表層にあるアラヤシキの顔は、とんと動かんことになった...。すべては確固たる相をしてまるで動かん...。すべての認識が困った事になった。
...理性のエキスがまったく吸い取られておる!
ヤツが“やどり木”として、養分とし注出したモノは“表層の知”だったのだ...。これは、なにがなんだか分かってはいても、言葉に出来ないのに似ておる。」
「なんだと!?」
カンカラマが振り向いて言った。
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2004/07/09 Fri |
「どういうことなの?」
パンロゴがメロンに向かって言った。
「む、...分かりやすく言えば、よく知ってるおぬしの友達の名前が出てこないみたいなもんじゃ。...それがアラヤシキに起ると...、困った事になる。」
メロンが、片目をぐるんとパンロゴに向けて言った。
「そうか!たとえば今、お前がパンロゴをノリノリで叩いていて、“シピリンピリンパ”と解釈したとたんにリズムを忘れちまうってことだ!?...ワッハハハハ。...そうだろう?!メロン。」
カンカラマが大笑いして言った。
「...ま、当らずとも遠からずじゃな...。」
メロンがあらぬ方角を向いて言った。
「へ!それは返って好都合だべ?!プフフっ!」
パンロゴはそう言うと軽くフレーズをたたきだした。
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2004/07/12 Mon |
「 ♪ ピピン/ピンパパ/ピンパパ、♪ もともとオラは空っぽだ!オラを悩ます考えはないよ。
なぜなら♪ シピリン/ピリカカ/ンチャカチチャカ、♪♪覚えたものは、そのまんまオラだ♪♪
空っぽ♪空っぽ♪何にもない。そのまんま、♪そのまんまのそのまんま♪誰がどうでもそのまんま♪」
パンロゴは。みょうな鼻歌を歌いながらフレーズをたたきだした。
「まったくおぬしは窮地に強いやつじゃ...。」
メロンが後ろ向きで言った。
「...のうてんき、ってんだな..。げっ、オレなどは自分の名前さえ忘れそうだぜ!」
カンカラマが言った。
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2004/07/13 Tue |
そのとき、ジュジュはまざまざとアラヤシキと名乗る紳士の顔をまじかに見た。
やつれてはいたが、顔色に精気が戻っていた。
テラコッタのアルカイックなほほえみをたたえたようなその顔は、おそろしく遠景からの断層のようにも見えた...。遠近感と言うものが交錯し、顔と風景がごっちゃに現れていた。
|
2004/07/16 Fri |
「アラヤシキ...、あんたはいったい何者なのだ、神か、仏か?」
ジュジュが、その深淵の目を見つめて言った。
「いーや、わたしは博士じゃ。...野に在るただの一研究者...。...ましてや、神でも仏でもござらん...。
...しかし、まったく実時間の存在の、表層に連なる虚時間は謎じゃ...。
そうそう、わたしの名前は“YOROSUI”博士。別名“ファウスト博士”。
...はたまた、“ヤツ”はメフィストのようなもんじゃ...。
対決は長く歴史的なものじゃ...。」
博士の、暗黒の眼差しがアルカイックな微笑みを帯びていた。
|
2004/07/21 Wed |
穴の空く程顔を見つめていたジュジュは、博士を突然羽交締めにした。
「...ふざけるな!ワシには分かっておるぞ、アラヤシキ!!“忍び寄り”はワシにはきかん!さあ言え。ホントの事を言え!お前の本心を告げろ!」
ジュジュは、キリキリと博士を後ろから締め上げた。
「や、やめろ!?...何をするのじゃ、ジュジュ...どの?!」
博士が締め上げられた声で言った。
「YOROSUI博士に...ファウストか、ふざけるない!ワシの目はごまかせんぞ!」
ジュジュはますます締め上げた。
「ぐぐぐ...。」
|
2004/08/24 Tue |
「...ところで、ドラマを楽しんだかな、ジュジュどの。」
...腹話術のようなくぐもった喋りの何者かの声が、ジュジュの頭を廻った?
ジュジュは博士を締め上げながらも辺りを見た。
しかし、他に姿はなかった...。
「ぐぐ、きさま...、これでも懲りんとみえるな。...首がへし折れるぞ!」
ますますジュジュは締める腕に力を込めた...。
「ん、ん、...。わ、わ..たし...じゃない...。」
博士は真っ赤な顔を反らして言った。
ジュジュは突然気づいた!?...声が自分自身の中からしたのを...!?
あまりの驚きに手を開放した。
その瞬間、博士はジュジュの腕から蒸発するように消え失せた。
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2004/08/25 Wed |
「あなたの物語も佳境に入ってきましたね。不思議でしょう?...私はあなたの中のアラヤシキです、私は存在が実体化する以前の状態になれるのです。私はあなたの中でジュジュ以前のジュジュ達でもあります。」
言葉になる前の言葉がジュジュの中をめぐった。
「うっ!?うぎゃあ!!?...これはかなわん!」
“集中”は、ジュジュの頭を割らんばかりに言葉のエネルギーの焦点を結び、脳を割鐘のように震わせた。
ジュジュは、すぐさま気持ちを一点に絞ることをやめ、分散させた。
“集中”を肩甲骨の位地や足裏、腹などに分散させることで、一気に身体がクールダウンした?それは逆に、気持ちの良い波動となってなんとも言えず“喜びの明るさ”が押し寄せた?
「いったいなんだ?!」
ジュジュはふと目の前の、斑の塔を見上げていた。
透明に近い金色の微粒子の波動が、四方八方に強力により一層及んでいる。
「それぞれに“分散”させる事が、あなたの中の“ジュジュ達”を呼び起こせる唯一の方法です。」
アラヤシキの言葉が、そのままにジュジュに浸透した。
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2004/08/26 Thu |
この、巨大なオベリスクの水晶体から発するものは、実に不思議な働きをするようであった...。それはただなる光線とは異を呈していた。
透明な、金色の微細な粒子には、濃淡のゆらぎが感じられた。
ひとたび強くそれを浴びると、身体から飛び出るように“至福”が満ちた!?
と、同時に、自分を超え出た、生きとし生きてきた気の遠くなる過去の存在を含め、あらゆる自分が祝福され肯定された。
ジュジュは突如として思い当たった。
「やはり“時間”であったか...。アラヤシキは開放された。ここからまったく新しい物語が始まる!!」
ジュジュは、大樹のように聳える水晶体のオベリスクを背にすると、力強く一歩を踏み出した。
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2004/08/31
Tue |
...ここに言うアラヤシキとは何者であろう?
山高帽の怪人、神、集合無意識、...?
時間の記憶の網をかいくぐって現れでた、原初の生命体?
異次元に重なる心的空間?
固定された一方向の時間感覚とは別の、意識集合体?
...とにかく、謎の、極端な、魂の、見えない部分で、名づけ、整理されない、モノのようです。
...いやいや、どうやら、どのような現在の名前すら適当ではないようですね...。
小泉八雲の小説に「茶碗の中」という妙なものが在ります。
これはあるとき、ふと茶碗の中に美しい侍の顔が浮かび、気味が悪いながらも飲み干してしまう...、と、その後に、その若侍が訪ねて来て、「よくも私を飲み干したな。」などという事を言うのです。
そのつじつまの合わなさが、ここのアラヤシキに関する感覚として実に近い感じがします。
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第三部 ペンタトニックに続く.......
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