他人の不幸は…第二部


 2011/02/14 2011/7/110

他人の不幸は…第二部 No.1 第一章 異次元の飛行
Posted By slimey-admin on 2月 14, 2011
No.1
樹齢一万年になろうとする、古の世界からそこに居続けているものは、不思議な叡知を持っていた。スプルースと云う生命、あのクリスマスツリーの樹である。
「わしはこの山で思索に明け暮れ、星辰は巡り遂に一つの悟りを得た。」
木は深い眼差しで天を見つめた。
「それは何?」
丁度山越えの空を渡る鶴のリーダーがその呟きを聞き返した。
「お前たち移ろうものには分かるまい…。」
樹はゆっくりと呼吸すると、元の様に黙りこくってしまった。
「最も長い時間生きて来た長老よ、その知恵はおおやけにされなければならないぞ。」
旋回して鶴のリーダーは上昇気流に煽られながら言った。
「無駄な事だ。一番良いのは君らは知らぬ事だ…。この宇宙には驚くべき事に意味があると云う事だよ。それさえ忘れないでくれればよい…。」
「スプルースよ、ではそれ以上聞くまい。あなたの名前は何だ?私ら鶴族は語り継ごう、意味は分からずともいつか役に立つ時が来る。」
「わしの名はスプルースのユッグドラシルとでもしておこう。君らの善なる心に感謝する。旅のご無事を。」
スプルースがそう言うと、鶴のリーダーは旋回して尾根の向こうに消えた。

No.2 第一章 異次元の飛行
Posted By slimey-admin on 2月 15, 2011
No.2
樹は自分を振り返って、空になお呟いた。
「気づけば、あっという間の出来事だ。最近になって分かってきた事は、この宇宙含む全てには驚くべき事に意味があると云う事だ。わしは、それは言葉では言えない。儚く死んでゆく小さな虫にも、私がいるこの宇宙にも意味がある…。死にも意味がある、一万年掛けた思索だ。」
その呟きを遠く聞いた者がいる。
犬治郎一行だ。壊滅した南極を後にした犬治郎らは、まだ自然がそのままの地球に、ほころびのゾーンを抜けてたどり着いていた。
犬治郎が大声で怒鳴った。
「今、死にも意味があると聞いた?誰なんだ!」
「ブヒン、俺にも聞こえたぜ。ブヒ」
「ふむ、わしには聞こえんな。」長老は耳に手を当てて天を見た。
「長老、それは無理もないな。」犬治郎がいたわるように手を貸した。長老はヘッドホンでアフリカ木琴を聴いていた、その耳を外してやった。
「おお、これは樹の声のようじゃ。神霊化しておる。霊言じゃよ。夜中の短波ラジオかな?」

No.3 第一章 異次元の飛行
Posted By slimey-admin on 2月 15, 2011
No.3
「この黒曜石でできた髑髏を見るがいい。」
長老は懐から取り出すと、手に小猿の頭ほどの黒光りするものを載せていた。
「どうじゃ、これはわしのコレクションの中でも上位ランクじゃ。」
「む、いったい何です?インカの秘宝ですか?」
「いいや、これは霊言を聞くことができるラジオじゃ。死者の言葉なども聞く事が出来る。こいつのスイッチが入っておるのを忘れてた…。」
「じゃあ今のは?」
「長老もすみにおけねえ、ブヒン。」
「無垢空間の声じゃ。スプルースの声のようじゃな。樹が死の意味を語るとはただものではないな。」
「そこに行こう!」
相変わらず犬治郎の尻には重しが必要だった。

No.4 第一章 異次元の飛行
Posted By slimey-admin on 2月 16, 2011
No.4
「ブヒ、それでこそ、人生と云うものです。わたくしもお供します。ブヒブヒ」
土ブタは犬治郎のすぐ隣に立つと恭しく案内の手つきをした。
「死の意味を知る者に会ってみたい!ぜひ聞きたい、その意味は何かと!死なぬ者はいない…。目の前で多くのアフリカの子供、日本人が死んだが、その意味を見失ってる。」
いても立っても居られぬ犬治郎は長老をけしかけた。
「たしかスプルースじゃが、やつはヨーロッパトウヒという樹で、齢一万年になんなんとしておるはずじゃ。気難しくヨーロッパの人知れぬ山にひっそりと身を隠し、人間嫌いで誰にも会うことを好まぬ。」
長老は立ったまま眠ったかの様に言った。
「うぬ、ますます結構。どこですそこは?」
「…。」
「ブヒン、眠りに落ちた…。何という奇才だろうか。狸ではないぞ、ホントに眠った。ブヒ」
土ブタは呆れかえり肩を反らして言った。
しかし、突然長老の寄りかかる杖の上で黒曜石の髑髏が輝きはじめた。
「おお!違う?眠りに秘密があるのだ!」
犬治郎は躍り上がった。

No.5 第一章 異次元の飛行
Posted By slimey-admin on 2月 17, 2011
No.5
「見てみろ、髑髏を!」
「ブヒ!黒い光だ。焼けるような!」
長老の眠るまま、激烈な光とともに黒曜石の髑髏は突然喋りはじめた。
「死の意味は語るまでもないぞ、犬治郎。それは善にある!
俺はコンガラだ。又出会ったな。
ついにアフリカの民が立ち上がったぞ!この支援が俺の勝負の分け目となる!
地球を賭けた、パピヨンのこの戦いのすべては、賭けの総決算となり現実となるのだ。
そのパワーは生命一つ一つ、それぞれの魂の善より起こってくる。
白雲斎様は、一度は持たれる全てをポーカー台に乗せられた。しかし、最初の勝負はあっけなく俺が負け、三つ頭の大王に地球は質草で取られてしまった。
つまり絶体絶命の賭けは三回戦だ。その一回目に俺はボロ負けた。二回戦に俺はフルハウスで戻した。
そしてこの戦いが最後だ。
負ければ、大王にしろ、シカオスにしろ、すべて悪の支配となり暗黒界に入る。
負けられぬ善の勝負のためのありったけのパワーを起こしてくれ。犬治郎!」
「とんでもない賭けだ!!」
「ブヒ、それは旦那にすべてが託されたってことか?小便チビリそう…、ブヒブヒ」
No.6 第一章 異次元の飛行
Posted By slimey-admin on 2月 17, 2011
No.6
「人の知らぬところで起こる賭けが意味とは驚きだが、逆も真か!さてもおぬしに掛かってくるとはな。」
長老が目を覚ました。
「アフリカ…、民…。俺にできることとは何だ?それが死の意味なのか?」
「ブヒ、それ、旦那にゃ出来ることはイッパイだ。まずは俺様にチョコレート恵むってのはどう?ブヒン」
「バカ者、チョコならやる。
コンガラは俺をCEOの奢りから心底目覚めさせてくれた男だ。俺も企業としての倫理を尽くしていたつもりだったが、
大企業とは悪なるものだ。大企業自体が命を物として扱い、アフリカに大勢の餓死者と貧困を生む原因になっていた。しかし、一度大企業の悪が走りだすとCEOといえど始末に負えない。
気づいた俺は居ても立っても居られずアフリカに居た。俺の先祖からの大家訓は”死者の金を忘れるな”ということだ。それが犬萬ホールディングスの犬のマーク、もとをただせは善なるものが生んだ金なのにだ。
コンガラは民の力と言ったぞ。
企業や金ではない!善なる魂は他人の不幸を放っておけない!それこそが俺にとっての意味だ。
今ここで腹を切っても構わんぞ。」
「ちょちょっと、ブヒブヒ、そんな屁理屈より、どうする?旦那、ブヒ」
No.7 第一章 異次元の飛行
Posted By slimey-admin on 2月 18, 2011
No.7
「見よ!黒曜石の髑髏が閉じた…。」
長老は再び両の掌に乗せると、何事かをぶつぶつ念じた。
すると、見る見るうち炎が燃え上りヒトダマ型に空中に止まった。
しばらく静止していると、突然そこに古風なアフリカ伝統服の長身の男が現れた。
男はニヤニヤしながらそこに座った。目の前にある木琴も同時に現れた。
ひとしきり目にも留まらぬ速さで何事かを演奏した後に、両手を広げて言った。
「俺の名はゼンザイ・オダムティだ。ゼンザイと呼べ。犬治郎の助太刀に参った。コンガラの兄弟分だよ。
今弾いたのは善なる祝詞だ。犬治郎の旅立ちの祓いだ。」
「俺の旅立ち?何処へ?」
「死者の国だ。」
「俺は死ぬのか?」
「そういう事だ。」
ゼンザイは木琴から顔を上げて言った。
「死者の国に貴方の善がいる。暗い後悔が死者の国ではない。どんな聖人も死ぬことで分かるだろう。そこでの善はこの世界の一千万倍にも値する。」
「む、しかし悪人も死ぬではないか?」
「その通り。悪も強く光を放つ。だから私が全力で貴方を守る。死んで終わりだと思っているのは人間だけだ。」
そう言うと、ゼンザイは幻想的な雰囲気で木琴を始めた。

No.8 第一章 異次元の飛行
Posted By slimey-admin on 2月 18, 2011
No.8
ゼンザイが演奏に没入すると、すぐに辺りは光に満ちてきた。
「取り残されてはいかんな。待っておれ…。」
長老はハイエナの尻尾でトンボ・クトゥーを開いた。
鮮やかなブルーのトンボが、幾何学形のバリヤーを瞬時に作ると、全ての隅をクリアーした。
「犬治郎、土ブタ、わしらもあの世に同行じゃぞ。これに乗れ。」
長老の足元からブルーの澄んだレザーの口が開いた。
「急に団体で死者の国を見るとは思ってもみない事だ。俺の先祖はどんな善行を積んだのだ…。」
犬治郎は天を仰ぎ、どんどん輝きを増す周囲に目を奪われた。
心にゼンザイの言葉が響いた。
「これは快適だ、俺のアフリカ木琴も軽々と飛ぶことが出来る。しばらく光の世界の飛行を堪能したまえ。」
「ブヒ、あの世巡りとは身の毛が逆立ってくるぜ。」
土ブタは磨いていたサングラスをおもむろに掛けた。
幻想の舟と化した、ゼンザイの木琴にコントロールされるトンボ・クトゥーは、次元をスライドするように掻き消えた。
No.9 第一章 異次元の飛行
Posted By slimey-admin on 2月 19, 2011
No.9
「悪はある。」
犬治郎は拳を握り締めた。
「俺の目の前で…、餓死して死んだ子供…。あれでよかったとでもいうのか?…あれは意味があるとでも言うのか?断じて違う!あれは悪だ!その魂を救済出来るなら、死の国でもヘチマでも俺は行くぞ。」犬治郎は飛行のさ中涙ぐんでいた。
「アフリカに貧しさと失望を与えて、一方で利を貪り、知らん顔をしているのは誰かと云うことじゃ。これもすべて死の大いなる意味を知らんからできる事じゃ。」長老が目を閉じたまま吐き出すように言った。
「ブヒ、ブヒン、しかし、獣の俺には当たり前の世界だがな…。」土ブタは平気な顔でいた。
「本能には悪も善も無い。お前の魂は分別はつかん様になっておる。
人は霊魂を持っている、それは死んでも存続する。魂は宇宙を突き抜け次第に高まることができる。そのために命は公を知らねばならぬのだ。」
長老に犬治郎は向き直り言った。
「俺には分からん。俺は心底悪を憎むぞ。」
「見ろ!死者の国が見えてきた。」
ゼンザイの声が響いた。

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No.10 第二章 死者の国
Posted By slimey-admin on 2月 21, 2011
No.10
「犬治郎、どうした?」長老の声がした。
「…。」
「早くこっちへ抜けるがよい。」
「俺はどうしたのだ?俺がそこにいる?」
「そうじゃ、魂が身体から抜け出したのじゃよ。」
「ブヒ、俺が二人になっちまった。」
「あの世に身体を持ったままでは入れない。
魂だけが抜けたのだよ。」ゼンザイがゆっくりな口調で説明した。
犬治郎は自分の手を見ると半分が透けていた。振り返ると空の広い海岸線と丘陵が見えた。遠くには真っ白に輝く壁と家も見える。
太陽は明るく煌めいていた。
「ここは何処だ。ここが死者の国か?まるでギリシャの様だぞ。」
「世界が二つに重なる場所だ。まだ元の身体が見えているだろう?これは私が元の世界に繋留して置く。間もなく見えなくなる。」
ゼンザイが言った。
「ブヒ、どうみてもリゾートだね、俺の好みだ。ブヒンあの家並みの丘に行ってみよう、旦那。」
「こんな明るいところが死者の国なのか?」

No.11 第二章 死者の国
Posted By slimey-admin on 2月 21, 2011
No.11
そこは光の溢れる場所だった。
犬治郎らは丘の上にある白い一軒の家を訪ねた。中から出てきたのは一人の白髪の老人だった。
「やあ、いらっしゃい。お待ちしておりましたぞ。」
その目をみて、犬治郎は飛び上がるほど驚いた。その目の光に見覚えがある。
「あなたにはどこかで会いましたね?」
その懐かしい声にも!だが、記憶のどこを探しても思い当たらないのだ。こんな事ははじめてだった。
「これをどうぞ、今日はあなたの誕生日のはずでしょう。」老人は奥の部屋からある彫像を持ってきた。それは60センチ程の黒光する騎馬武者のアフリカ彫刻で弓をたばさんでいた。
「この武者はあなたが来るのを随分と待っていました。」
長老たちはテラスに出て開かれた海の眺を堪能していた。
「ゼンザイ殿、あなたの演奏は力の抜けが只事ではない、いったいどの様なご修行をなされたのじゃな?」長老はにんまりと言った。
「私は、コンガラほどの修行はしてません。ただ、どの様なひとの言葉もおろそかにしない事を戒めてきました。私は強くも無ければ弱くも無い。」
「ほほう、あなたは開いておる。それがあなたの木琴じゃな。そうでなければ異界の飛行は難しい。」長老は満足げに大きく頷いた。
「ブヒ、何かがこっちに飛んで来るぜ?」

No.12 第二章 死者の国
Posted By slimey-admin on 2月 23, 2011
No.12
飛行物体は、左手の水平線からこちらにぐんぐんと近づいていた。幾つかに分散して、なおかつばらけずに飛び続けてきた。
「何でしょう?」
ゼンザイが目を細めサングラスを掛けた。
「ブヒ、一つは人の形をしたものだ。あとは、馬だ。それに槍…。鎧胴にはバラ。」土ブタは手をかざして確認するように言った。
「おぬし、恐ろしく目が利くな。それは薔薇の騎士団のアディマークだ、幾つかとは、落馬したまま飛び続けて、かなり急いでおる。少々不本意そうだ。それほど慌ててどうしたというのだ?」
老人が言ったその瞬間、皆は咄嗟に伏せた。
言葉もおわらぬうち、ものすごい勢いでバルコニーにアディマークが転がり込んで来た。
「ご、ごちゅうしん!」アディマークはなだれ込んだ馬の尻を抱えて言った。
「アマゾネスが動き出しました!」
No.13 第二章 死者の国
Posted By slimey-admin on 2月 23, 2011
No.13
突然の混乱にも白髪の老人は動ずる気配はまったくなかった。
「これはアディマーク殿、なかなかの乗りこなしですな。貴方らしい。薔薇の騎士団の隊長をも恐れさすアマゾネスとは、素晴らしい武人だ。」
「これは石舟斎先生、お見苦しいところを失礼。女ばかりと侮るなかれ、その強いこと!これ程のものを敵にまわすことは真に危うい。取るものもとりあえずごちゅうしんに飛んで参ったのです。」
埃を払うとアディマークは立ち上がって言った。
「アマゾネス、あの女戦士達か?」
犬治郎がアディマークの前に進み出て言った。
「む、そうだ。石舟斎先生、この者等は?」
「遠来の客人です。」
そう言いおわらぬうちに石舟斎は掛けて有った弓を取ると、一瞬に矢をつがえ海に向け数本射放った。
犬治郎等はあっけに取られた。
矢は唸りをあげて水平に飛び、何かに当った手応えを皆が感じた。
今まで何ものも見えなかった海に、無数の船団が浮かび上がって来た!
そこに現れた船団のマストには、アマゾネスの旗が強く風にはためいていた。
長老が目を細めて言った。
「女の恨みは真に恐いものじゃぞ。」

No.14 第二章 死者の国
Posted By slimey-admin on 2月 24, 2011
No.14
見渡す限りの海から離れ、帆船軍団は不気味に空に浮上し予告もなく猛攻をしかけて来た。
「これはどう云うことだ。死者の国とは、戦いの国のことか?ゼンザイ。」
ゼンザイは木琴を弾きコントロールを始めた。
トンボ・クトゥーが瞬間にバリヤーを張った。
「そう思いますね。」
「ブヒ、アマゾネス!俺様は目はすごいぞ、見える見える!絵の様に美しい!女だけの戦士軍団、なめちゃいかんねすごい迫力だ。うわ!一斉に物凄い数の矢を打ち込んで来たぞ。こういうの待ってたんだよ俺。」土ブタは高見の見物を決め込んで興奮してた。
トンボ・クトゥーはすでにバルコニーの犬治郎一行を乗せて高く飛び上がっていた。
石舟斎と薔薇の騎士アディマークは、いったいどこから呼び寄せたのか、数千騎の騎馬戦士軍団を背後空間に従え、間断の隙もなく総攻撃の先頭に立っていた。
「わけの分からんまま凄い合戦に巻き込まれたぞ。」犬治郎は目を見張った。

No.15 第二章 死者の国
Posted By slimey-admin on 2月 25, 2011
No.15
綺麗な女達の歌う様な声が響き渡った。
「戦いに私たちが挑むのは、より良き世界に変えるためでも、この手に世の中をおさめるためでも有りません。礼節を欠き下世話に成り果てたギリシャ神々に愛想が尽きたからです。いざ、お命頂きます。」
再び、一筋の矢が稲妻の様に石舟斎に向け飛んで来た。
「ギリシャ神々の世界はアマゾネス女王ヒポリュータには理解されなかった。」
おもむろにかわそうとした矢は、そう言った石舟斎の頭を一撃に吹き飛ばしてしまった。
二番矢は立て続けて、かわす間もなくアディマークの薔薇に深く突き刺さった。
スローモーションを見る様に身体はゆっくりと騎馬上から落下していった。
見る間に数千の騎馬軍団は動揺と混乱に、波の引く如くに消えてしまった。
「どうしたのだ?一瞬にして勝負が決まったのか?」犬治郎は某然としてその光景を見下ろしていた。
「ブヒン、豹だぞ…。仕留め方はまったく同じだ。狙ったら一撃で仕留めてしまった。凄すぎる。アマゾネス!」
その時、数本の矢が土ブタらをめがけ撃ち込まれた。
No.16 第二章 死者の国
Posted By slimey-admin on 2月 27, 2011
No.16
矢は自ら反れ、アマゾネスの船団目がけてトンボ・クトゥーは降下していった。
アマゾネス女王ヒポリュータの後裔、テラミスの率いる船の甲板上に、青い透明なバリヤーがホバーリングをした。
驚いた事にテラミスはゼンザイを知っていた。女達は儀礼をもって交渉する方針にすぐさま転換したようであった。
テラミスは戦士の一団から進み出てきた。
勇壮ないでたちながらも、女らしさのあるその美貌に犬治郎らは目を見張った。
「ゼンザイ様、知らぬ事とは言えお許し下さい。あなた様の遠く聴こえる木琴の音にはいつも心を揺り動かされておりました。風は心を聴かせてくれます、ゼンザイ様、あなたは敵では無い。
我等女戦士の心を癒し、昔の優しさを戻してくれる…。あなたの木琴をここにお聴かせ下さい。」そう言うと、テラミスはバリヤー越しにゼンザイを見つめた。

No.17 第二章 死者の国
Posted By slimey-admin on 2月 28, 2011
No.17
「美しいアマゾネス女王テラミス、しかしあなた方の強さは分かりましたが、なぜ問答無用に石舟斎らを殺すのです?」ゼンザイはブルーのトンボ・クトゥーのバリヤーから抜け出て言った。
「それはギリシャ神々の非情をご存知無いからですわ。
彼らは神々の阿頼耶識が生み出した幻影の人です。その証拠に矢を射かけ脆くも崩れ飛ぶのをご覧になったでしょう。神の夢見が産んだものですわ。
女王ヒポリュータの時代に夢見に反する私たちをギリシャ神々は亡き者にしました。そのことを私たちは忘れません。どうぞ神々に虐殺された一途な女達の為になぐさめの曲を弾いてくださるようお願いします、ゼンザイ様。」
そう言うと、背後に続く数千の女戦士どもと一斉にテラミスは深くゼンザイの前にかしずいた。

No.18 第二章 死者の国
Posted By slimey-admin on 3月 2, 2011
No.18
静まり返った海と空にゼンザイの木琴の一撃が鳴り響いた…。
深く沁みるメロディーはしばらくなめらかに上向下向を繰り返すと、木琴は喋りかけ鎮魂する様なフレーズに変わった。
数千のアマゾネス戦士達は、ついに抑えきれずに慟哭をあらわにし、号泣をはじめた。
その音は海鳴りと共に大空にこだまして、哀しみに海鳥たちまでもまきこみ悲しげに旋回させた。
アマゾネス女王テラミスは、不動で天を仰いだまま何も言わずにいたが、立ち上がると、ゆっくり弓をつがえ、力一杯振り絞って矢を天に放った。
矢はひょろろろと大きな音を立て、魔を引き裂くように彼方に消えた。その稜線から湧きおこった異空間の空に銀色に光る大きな魚が現れた!
「なんと凄い光景だ!死者の国とはとんでもないところだな。」まぶしそうに犬治郎は目を細めた。
「ブヒ、旦那、海からも竜巻が巻きあがってるのが見えるよ。」土ブタのサングラスに銀色の魚が小さく躍っていた。
「おお、龍宮のお使いじゃ。数千年に一度のことじゃ。」長老が言った。

No.19 第二章 死者の国
Posted By slimey-admin on 3月 2, 2011
No.19
リュウグウノオツカイは異空間を滝の様にひらめき上空に浮遊していた。
女戦士達はおのおの某然と見上げていた。
「勇敢なるアマゾネスの女達!いよいよ日頃の総力を出し切る時が来たよ!みんな立ち上がれ。
見よ!徴のリュウグウノオツカイだ!
あの真上こそ神々のオリュンポス。
今日こそギリシャ神々との決着の時だ!きつく兜の緒を締めろ!」アマゾネス総大将マカロンが通る低い声で抜刀し命令した。
一斉に地の底から響くような雄叫びが沸き上がった。
一転にわかにかき曇り、大粒の雨が落ちて来た。巨大なリュウグウノオツカイは銀色にはためき大きく旋回した。
「ブヒン、とんでもないことになりそうだな、旦那。」
「む、すぐにゼンザイ殿を拾おう。」
「了解じゃ。一刻を争う。」
長老は急降下してトンボ・クトゥーを走らせた。

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No.20 第三章 滝の構図
Posted By slimey-admin on 3月 4, 2011
それは遠景より望むと、一筋の滝を登る魚群の壮大な姿に見えた。
ゼンザイはトンボ・クトゥーのブルーのバリヤーに取り込まれていた。
「ここから見ると分かる。これはもとを正せば人間と神々の戦いではないのじゃ…。」長老が目を見開いたまま言った。
「すると?長老、何です?」
「ブヒン、どっかで、勝負が掛かったのだ、俺には分かるぜ…。」土ブタは微かににやけた笑をした。
「何だと?さっぱり分からん、教えてくれ長老。」
「ああ、まあ聞くとよい。無垢空間のバーパピヨンで最後の試合の勝負に、白雲斎さまはコンガラに持ち金全てを賭けたのだとわしは思う。コンガラは全ての手持ちカードを捨ててついに勝負に出たからだ。後には引けんぞ。」
長老は煙草に火をつけた。
「俺たちはそんな事で動いているのか?」
「まあそうだ。」
「ブヒン、もうちょっと気楽にしようぜ、旦那。これは誰かの見てる悪い夢だろう。」
「神と云う名かも知れん…。」長老は煙を吐いた。
「この滝こそが千年越しの光景なのじゃ。これがまったく不思議としか言いようがない。ぷは。」長老は煙で輪を吐いた。
その輪は、プカプカとそのまま滝に向かって行った…。

No.21 第三章 滝の構図
Posted By slimey-admin on 3月 6, 2011
No.21
総大将マカロンは火の神に祈った。
「我らが神ツアラトゥシュトラスよ、我らに力を与えたまえ。私の命は要りません。ギリシャ神々の謀略に死を与えたまえ!」そう言うと剣を抜き払った。
「気をつけるのですよ、ギリシャの神は堕落しています。我々の純真を稲妻で突くのに手段を選びません。」女王テラミスが 言うと、数千の兵士は船の端をたたいた。どよもす声は遠くまで聞こえた。
「これよりギリシャ神々のスキを突き奇襲総攻撃に入る!アマゾネスは魂を込めて一命一殺で勝利を得る。生きて恥をさらすなら死を!突撃!」陣頭に立ったマカロン自らが宙を蹴った。

No.22 第三章 滝の構図
Posted By slimey-admin on 3月 8, 2011
No.22
リュウグウノオツカイの起こした上昇渦に呑まれるように、マカロンの数千騎の軍団は天空に駆け上がった。
犬治郎を乗せたトンボ・クトゥーも後を追って厚い雲に入った。光る雲を抜けると天空に一際壮大な建物が出現した。
「アマゾネスがそのまま突っ込んでゆくぞ!」
犬治郎は呆気にとられて見つめた。
神殿の入り口に達したマカロンは、抜刀すると躊躇なく正面切ってのりこんだ。
中から躍り出たのは何と先ほど心臓を射られたはずの騎士アディマークだった。
「あいやしばし待たれよ!平和な神殿に何をなされようとするのです。」 地に響く大声でマカロンを制止した。
「其方は先ほど我らが射止めた者…。おのれ、再び、ギリシャ神々の亡霊だな?」
アディマークは落ち着いた声で微笑み言った。
「さて、何事?私に心当たりはまったく有りません。」
「待ちなさい!これは神々の幻影ではない。」
何処ともなく制する声がした。

No.23 第三章 滝の構図
Posted By slimey-admin on 3月 9, 2011
No.23
「ブヒン、おいおい、戦いの始まる見どころだぞ、あいつは何だ?」土ブタはトンボ・クトゥーから身を乗り出して覗き込んだ。
「ちょっとあいつに寄せてくれゼンザイ殿、あいつは見覚えがある。」犬治郎も身を乗り出すように下を見た。
「さもあろう、あれは戦士の像じゃ。先ほど貴方が貰ったな。神々の阿頼耶識は不可解じゃぞ。」長老も重なるように乗り出した。
「ほんとうだ、何時の間にか像がなくなっている。」
「ブヒ、戦士の像vsアマゾネス、の格闘!考えただけで身の毛が逆立つ、この取り合わせのがいいかもな。」土ブタは観戦を決め込んでいた。
「私なら逃げ隠れしません。」アディマークがアマゾネス軍団の前に自ら進み出た。

No.24 第三章 滝の構図
Posted By slimey-admin on 3月 10, 2011
No.24
マカロンはスキをみてアディマークに斬りかかった。
アディマークはその鋭い振りを拝み取り剣を奪い捨てた。
「私はあなた方アマゾネスの敵ではないのです。
私は幻影ではありません。正真正銘のアディマークです。」そう言うとマカロンに落ちた剣を拾い返した。
「なぜこんな神殿におるのか?」マカロンは恐る恐る剣を受け取った。
「もともとここはギリシャ神々よりも古い神ツアラトゥシュトラスの神殿でした。
オリュンポスの神殿はそれを利用したのです。」
「ツアラトゥシュトラスこそは我らの神です。」マカロンが言った。
「すると私たちは兄弟なのか?」アディマークは驚愕の表情をした。
「それがほんとうなら、力強い味方を得たことになります。」剣を納めたマカロンが言った。
「止まれ、ツアラトゥシュトラスの戦士よ!」
アディマークが叫ぶと、数千のアマゾネス兵士相手に独り戦いを挑んでいた騎馬武者は、ロボットのようにピタリと動きを止めた。

No.25 第三章 滝の構図
Posted By slimey-admin on 3月 11, 2011
No.25
「なーんだ、戦いは中止だな、ブヒン。あの騎馬武者は強そうだったのに。ブヒ」土ブタが残念そうに言った。
「そううまくはいかぬものさ。形勢が違ってきた。俺の騎馬武者は天下無敵のロボットなんじゃないか?」
「む、確かに、勇気というより無謀じゃ。たった一騎で、千ものアマゾネス戦士の中に踏み込むとは、人間の考えではないな。」長老が目を細め言った。
「その騎馬武者像をくれた石舟斎と名乗る者、これもどこかにいる実在に違いない。じょじょに分かったきたのは神々の阿頼耶識は善悪を判断していない。」犬治郎が言った。
その時天空の高い位置に濃紺の稲妻が走った。
「真の敵は誰なのか?それを知る者こそが戦いに勝てるぞ、直感じゃ、直感を使え。!?」そう言うと長老はもう一つ煙草の輪を作り神殿に吹き付けた。

No.26
突然トンボ・クトゥーの目の前が真っ白になった。犬治郎には長老の吐いた煙りにすべてが収斂したかに見えた。
「ブヒン、どうしちまった?誰もいなくなた!アマゾネスもアディマークも?」
「位相の逆転が起こったのじゃ。うまくいったようじゃ。久し振りの技じゃでちょいと不安も有ったがの。犬治郎、わしにもチョコをくれぬか。」長老は一仕事終えたように座り込んだ。
「い、いそうの逆転?何です?それ?目の前に何者も居なくなりました…。」犬治郎はチョコを割ってあんぐり空いた長老の口に放り込んだ。
「神々の幻影には位相があるのじゃ。」
「まったく分からん…。」犬治郎はチョコを割って自分も口に入れた。
「ブヒッ、穴から抜けたんだろう。旦那、俺にもチョコをくれ。ブヒブヒ」
トンボ・クトゥーはミルクのような霧を音もなく進んだ。目の前は濃霧で、進んでいるのか戻っているのかも分からない。木琴の音はデリケートな響きとなった。
「だいぶ深みの位相に到達している…。」
ゼンザイはゆっくり辺りを見まわした。
しっとりとした静けさに何処かから鋭い鳥のさえずりがした。徐々に視界が開け、木々が乳白色の中から突如姿を現して来た。
「ブヒッ、…す、すげえ!」土ブタが呟いた。

No.27 第三章 滝の構図
Posted By slimey-admin on 3月 14, 2011
No.27
犬治郎らの目の前に明るい光景が開けた。
深い森を背後に滾々と青い水が湧いている。その神秘に打たれたのは土ブタだけではなかった。犬治郎も一目でとりこになった。
ルルドに比するべき神秘の泉だ。
黒々と湧き上がる水。
「美しい、実に美しいものだ。」
見とれていて、ふとベンチが気になった
側の一台の古ぼけたベンチにかけている女の美しい後ろ姿には見覚えがある。
犬治郎は声を掛けようとした瞬間に思い出した。モンブラン伯爵夫人だ。この美貌の上に剣の達人でもある芸術の守護者、その流した浮名は数知れなかった。上半身だけで振り向き言った。
「犬治郎、久し振りですわ。」

No.28 第三章 滝の構図
Posted By slimey-admin on 3月 15, 2011
No.28
「モンブラン伯爵夫人、どうされたのです?ここで。」犬治郎はトンボ・クトゥーを出た。
「ほほほ、癒しですわ。この泉は私の身体に良いのです。」夫人は静かに泉に手を沈めた。
「美容ですか、怪我ですか?」
「もちろん、肌をすべすべにしてくれるからではありませんわ。」そう云うと肩をこちらに向けた。
艶やかな右肩の肩甲骨のあたりがばっくりと割れていた。
「大変な傷だ!」
「竜の王と剣を交えたのです。思わぬ太刀がかすりましたの。」そう云うと二三度肩に泉の水を浸した。
「キングドラゴンじゃな。」長老が目を閉じたまま言った。
「これがそのドラゴンの腕ですわ。」
従者二人が包みを開けると、手首から先の奇怪な手を犬治郎に見せた。
奇怪な手首はまだ緑色の強烈なオーラを放っていた。

No.29 第三章 滝の構図
Posted By slimey-admin on 3月 17, 2011
No.29
「キングドラゴン?何者だ?」
「ブヒ、キングドラゴンは厄災を巻き起こす怪獣だ。…リュウグウノオツカイとも云う。ブヒン」
「何だって?嘘だろう、アマゾネス戦士らツアラトゥシュトラウスの守護神ではないのか?」
犬治郎は土ブタに向かい合って言った。
「善も悪も無いのじゃろう。人間には分からん。」長老が言った。
「犬治郎、この腕をご覧なさいな。手だけでまだ生きています。身体がきっとすぐに取り戻しに来ます。」モンブラン伯爵夫人が通る 声で言った。
「実際に経験すると、歴史の見方が変わるでしょうね。」

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No.30 第四章 暗黒の彷徨
Posted By slimey-admin on 3月 19, 2011
No.30
ミノタウロスが迷宮を彷徨うかのごとく、目も鼻もない怪人シカオスの片割れ、バァバは暗黒を彷徨っていた。
超能力者、馬場鹿男のなれの果ての姿だ。
ラフレシアの夢の原型化で、ヤヌスのごとき二頭の怪人ババシカオスとなり、異次元に一つを引き裂かれ、首だけとなったバァバは異空間の迷路にはまり込んでいた。
出口は何処にも見当たらない。闇は内面の闇と同化し、自らが悪そのものであった。しかしその中に僅かに残る良心、1%にも満たない気弱な本来の鹿男もまだ存在していたのである。
絶体絶命に幽閉された鹿男の気弱な良心…。
外側から見れば、悪の実体化であるバァバそのものであった。首と身体は異界のつなぎ合わせ、目も鼻も無い狂った馬のような顔で、迷路を千回一万回と回り巡っていた。
その時である、正面に突如門が出来、閉ざされた苦悩の迷路に入ってきた者がいた。

No.31 第四章 暗黒の彷徨
Posted By slimey-admin on 3月 22, 2011
No.31
バァバは突然開いた外界の扉に、暗黒を一歩ずつゆっくりと近付いて行った。この迷宮に入ろうという者が誰なのか?その姿は逆光で何も見えないが、目のない目が凝視した。ただ事でない気を感じ、バァバは半歩下がった。
光の影が言った。
「お前の名は?」
地深くから響くような声がした。
「バァバ!」
強力なテレパシーが返ってきた。
「ここから出してやろう…、俺はスプルースのユッグドラシルだ。いいか、覚えておけ、貴様は悪の塊だ。だからこそ戦うべき相手が在る。早晩出会うだろう。そいつの名はキングドラゴン!そいつも貴様同様のとんでもない悪だ。悪は二つ有ってはならない。」
そう言うと光に姿が見えなくなった。
悪なるバァバは、ゆっくりと迷宮から外界の光の中に出てきた。醜い顔には鉄仮面が被せられ、鍛え上げた鋼の肉体が与えられていた。

No.32 第四章 暗黒の彷徨
Posted By slimey-admin on 3月 23, 2011
No.32
バァバは猛り狂うテレパシーを発し、前進をはじめた。
「キングドラゴン!貴様を殺すことだけに俺は迷宮を開放された。」
その強烈なテレパシーはそれだけで嵐を巻き起こし、20キロ四方の数万人を一瞬に殺戮した。空はにわかに掻き曇り、嵐の前の沈黙は、これから始まる想像を絶する恐怖に色濃く塗り込められた。
「死に理由など要らぬ!」再び強烈なテレパシーが襲った。

No.33 第四章 暗黒の彷徨
Posted By slimey-admin on 3月 24, 2011
No.33
モンブラン伯爵夫人の元にあるキングドラゴンの手首は、強烈なテレパシーを察知して突然飛び上がった。物凄い速度で旋回を繰り返すと北の空に消えた。夫人も犬治郎らもそれを見て呆気にとられた。
「もう一度手合わせ致しますわ。どうせ遅いですわ。」
「遅い?」犬治郎が聞き返した。
「スピードを落とすことです。あの手首は
遠くまでは行けませんわ。人間の悪を集約してエネルギーとしています、切断されているので連続飛行しては逃げ切れませんわ。 」

No.34 第四章 暗黒の彷徨
Posted By slimey-admin on 3月 25, 2011
No.34
キングドラゴンの手首はモンブラン伯爵夫人の言うとおり、みるみる高度を失い落下して行った。悪の力ももはやこれまでだ。
地球の裏ほどの距離にいたバァバはそれをいち早く察知した。強い思念は空間を引き裂き、一瞬にそこに移動せしめた…。思念の何という凄さだ。
「キングドラゴンの手首よ。逃げ出してはみたもののもはやそれまでだぞ。俺はギリシャ神々に味方するものではないが、貴様を殺す!」
割れるようなテレパシーが響いた。
思念波は辺り一帯を異様に発光させ、二つの思念は相撲で云うがっぷり四つで組み合ったままとなった。
モンブラン伯爵夫人と犬治郎らはトンボ・クトゥーでこの異様なフリーズに追いついた。
「まあ、ここでお相撲が見れるとは思わなかったわ。ちょっと見物ね。」
「手首が何もない空間を躍るぞ?」

No.35 第四章 暗黒の彷徨
Posted By slimey-admin on 3月 27, 2011
No.35
「いや、思念の力で捻じ曲げられているのじゃ。恐ろしい力じゃぞ…。」長老が言った。
「どこかで見かけた気がする奴だ。思い出せん。」犬治郎が首を捻った。
「あれはババシカオスの片割れ、バァバだわ。迷宮の魔人ですわ。いい勝負だこと。」
モンブラン伯爵夫人は吸い込まれる様な目つきをした。
「ブヒ、手首もまけていないぜ。奴を掴んだ!」土ブタは興奮して夢中に拳を回した。
しかし、再び双方の動きはまったく均衡し止まったままとなった。
空間がところどころ弾け、バチバチ鋭く青い光を放った。
「私もぞくぞくしてきたわ。悪の力も捨てたものではないわね。」
「ブヒ、…この女は恐いもの知らずだ。」
土ブタはつぶやくように言った。
突然、形勢は思わぬ動きとなった!

No.36 第四章 暗黒の彷徨
Posted By slimey-admin on 3月 28, 2011
No.36
手首から身体が伸びてきたのだ。
ぬるぬると仁王像の様な風体は、まさに手首から作り出された。
「消え去れ。」バァバが強力な思念を浴びせ掛けた。すると仁王像の頭だけが消し飛んでしまった。
頭を失ったキングドラゴンは、竜身を顕にした。
剣闘士の頑強な筋肉の上に乗る鉄仮面が、犬治郎を見た。
すると、一瞬怯んだ隙に首の無い仁王像の蹴りが、物凄い勢いでバァバの顔面を直撃した!
鉄仮面の首は瞬間に折れて、根こそぎ吹っ飛んだ。
バァバは身体だけが残り、そこに崩れ落ちた。
「ふむ、何ともろいもんよ。俺は…」仁王像は青い光を放った。
言い終わらぬその途端に、息つく暇もなくめきめきと音を立て、空間に歪み、消滅した…。
何処からともなく青い光のスパークに鉄仮面の首が回帰して、浮遊していた。
「バカめ!俺の本体は首から上だけだ。ふふふ。」
そう言うと、再び犬治郎の存在を鉄仮面の目が追った。

No.37 第四章 暗黒の彷徨
Posted By slimey-admin on 3月 29, 2011
No.37
「俺は知ってるぞ…。」犬治郎は空中浮遊する首を見つめた。
「青山墓地だ!あの馬ズラだ!」
バァバはなぜかその声で飼い犬の様におとなしくなった。
「貴様まだ懲りずにいるのか?」
「いえ…。」よわよわしいテレパシーが反響した。
「今こそ貴様の中の恨みを消し去れ!勇気を出して。たとえ1%でも貴様は人間だ!」
驚くべき事に鉄仮面の頭から湯気が上がりはじめた。
思いもかけず犬治郎の目には涙が溢れた。
「分かるぞ!もとを正せば貴様を歪めたのは心無いマスコミだ。恨むにまったく値しない。貴様のわずかな良心を信じろ、悪では無い。迷宮の恐怖と苦しみから出れたのだ、今こそ善を為せ!」犬治郎は土下座するように静かに頭を下げた。

No.38 第四章 暗黒の彷徨
Posted By slimey-admin on 3月 29, 2011
No.38
鉄仮面の頭は火山地帯の様に湯気にまみれた。
「バァバよ、貴様の中のわずかに残った人の部分を俺は分かる。この通り土下座して頭を下げる。悪なら悪として、どうかその人間の心を開放してくれ。頼む!」犬治郎は大粒の涙を流した。
しかし、すでに鉄仮面の表情は仮面の下に消えていた。
無表情に土下座していた犬治郎に一撃が加えられた。
すんでの所でトンボ・クトゥーが犬治郎を救った。
「犬治郎、無駄じゃよ、聞く耳などはまったく無い悪じゃ。気をつけられよ。」長老が言葉を掛けた。気を取り直して犬治郎はバァバの後をゆっくりと追った。

No.39 第四章 暗黒の彷徨
Posted By slimey-admin on 3月 31, 2011
No.39
犬治郎はバァバの彷徨を思い、悪がどうして在るのかを思った。その種は、弱い人へのいじめなのではないのか?そう思うと無性に泣けてきた。他人の不幸を見て見ぬ振りをする、そのものが悪を作るのではないのか?
「ブヒ、ダンナ、何をそんなに泣くんだ?」
「…貴様のようなケダモノには分からん事もあるのだ。」
「憎むべき悪に情けは無用ですわ。」モンブラン伯爵夫人はキッパリと言い放ち剣を抜いた。
「ゼンザイさま、バァバに追いついて。」
トンボ・クトゥーは高空に駆け上がり、物凄い勢いでバァバの先に一気に降下した。
「まだ懲りずに来るか?」強力な思念波が反響した。
「私の太刀の洗礼を受けてみなさい。」
モンブラン伯爵夫人はトンボ・クトゥーから外に出た。
「女のくせに、命が要らないとみえる…。」
めきめきと空間が歪み、青い炎が飛んだ。
「これは魔を破る伝家の宝刀。誰も受け止めた者はおりませんわ。覚悟なさい!」青眼に振りかぶり間合いを詰めた。
「ふふ、やめておけばまだ恋の一つや二つできるのに…。残念な美貌だ。」バァバは空間をこちらに振り返った。

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No.40 第五章 謎の飛行体
Posted By slimey-admin on 4月 1, 2011
No.40
空間を歪めるほどの思念波がモンブラン伯爵夫人を弾き飛ばした。数百メートルも吹き飛んでひらりと身をかわした。
「私も本気 、本気で戦う事が人間の持つ悪を心底排除するのです。」
「しかし女がとてもかなう相手ではない。早く救助しよう!」犬治郎は立ち上がった。
「いや、待ちなさい。夫人の構えを見なさい、あれは本格派の剣をわきまえた者特有のものじゃ。もう少し見よう。」長老が言った。

No.41 第五章 謎の飛行体
Posted By slimey-admin on 4月 2, 2011
No.41
モンブラン伯爵夫人の剣は凄みを帯び間合いを詰めた。バァバには奢りがあった…。
バァバは、強烈な思念波を浴びせようと構えた。瞬間、伯爵夫人の太刀がこともなく降り下ろされた。
一瞬何があったか分からないバァバは大きく旋回しようとし、左右に両断されたことに気付いた。二つになった飛行物体はバランスを失いバラバラに落下していった。
長老はそれを見てつぶやいた。「驚いたわい…、何という見事な腕前じゃ!」
「バァバ…。」
犬治郎は口を開けたまま固まっていた。
「ブヒブヒ、すげー女だ。アマゾネス真っ青だぜ!」
土ブタは感嘆して黄色い声を上げた。
ゼンザイは平静を保って言った。
「悪を開放された者がここにいる。」
一人の若者がそこに某然と立っていた。

No.42 第五章 謎の飛行体
Posted By slimey-admin on 4月 3, 2011
No.42
馬場鹿男、青年は人間に戻った。それは一つの勝利の印でもあった。
「…俺はいったい何をやっていたのか?」
ポツリと心に大きな疑問が湧いていた…。
すべての他者への疑念が悪を生み出していたのか?鹿男は薄っすら自分を取り戻していた。
不思議にも、今までの傲慢な自分はこれっぽっちも無かった。
「青年!あんた自身に戻れ良かったな!俺が二度も説教したのを憶えておるか?とにかく良かった。」
犬治郎は涙ながらに鹿男に駆け寄り大声で怒鳴った。
「はい。その声!訳もなく親しみを感じます。」
「そうかそうか…。良かった。」
犬治郎は感嘆に鹿男を固く抱きしめていた。
ひっそりとモンブラン伯爵夫人は太刀を納めながら言った。「恐ろしいほどの思念波…。紙一重私が速かったわ。身体の速さでは無い、気持ちの速さでしたわ…。」
「むう、いかにも。お見事じゃ。今までの中で最も速いものじゃ。」長老は遠くを見たままで言った。
「大きく世界が変わってきたぞ。」ゼンザイは木琴で軽やかなフレーズを弾いた。
皆を乗せたトンボ・クトゥーに計り知れない巨大な飛行体が接近していた。

No.43 第五章 謎の飛行体
Posted By slimey-admin on 4月 5, 2011
No.43
ギアナ高地をそのまま浮き上がらせたかの様である。中空に落下した滝は、途中で水蒸気と化してそこに雲ができていた。飛んでいる陸地と言っても過言ではない。
「これは驚きだ!誰もが行きたいと願った蓬莱島ではないか。」
神聖なる滝をはじめ、水墨画のような山の連なりは神々しさを帯びて雄大さが感じられた。
犬治郎はそのスケールの雄大さに溜息を吐いた。
「ふむ、こんなものが飛ぶとはな。」
「ブヒン、降りてみたいね。飛ぶ島だよ!これは。」
「とんでもない秘密の島だ。」
「私が呼んだのよ。」モンブラン伯爵夫人が島の、ある部分に向け、太刀を捧げた。

No.44 第五章 謎の飛行体
Posted By slimey-admin on 4月 6, 2011
No.44
落下する滝が雲と化すあたりの岩場に、一本の松の古木が立っていた。
その松こそ五葉の松「翁」である。
非公式だが推定100万年と云われる人類史に値する時をその松は経ていた。
「翁殿、あなたの預言を聞き、キングドラゴンの他、私は5人の者に会いました。ゼンザイ、犬治郎、土ブタ、馬場鹿男、ここまですでに4人。あと1人に出会えば私は覚者となり蓬莱島の戦士となります。

No.45 第五章 謎の飛行体
Posted By slimey-admin on 4月 7, 2011
No.45
翁の松は、モンブラン伯爵夫人の問いにゆっくりと答えた。
「七人衆を揃えるのは容易ではないのう、伯爵夫人。敵味方が入り乱れる編成をしなければならぬ、鍵はアフリカじゃ。これから飛行体はアフリカに向かうに違いない。もう一人はこれから登場じゃ。」翁の声が伯爵夫人の心に響いた。
「はい。承知致しておりますわ。」微笑が虹色に輝いた。すると翁の上空に湧いた雲が呼応して蓬莱島へ道を造った。一行が島に渡ると、島全体は霧に覆われてすぐに巨大な台地は見えなくなった。r

No.46 第五章 謎の飛行体
Posted By slimey-admin on 4月 9, 2011
No.46
飛行するギアナ高地というべき巨大な飛行体は影すら姿を見せない。
幽玄な雲中に翁の五葉の松は呪文を唱えていた。その声はひときわ風の中を渡ると鳥の声にも聞こえた。
犬治郎らもモンブラン伯爵夫人もまったくどこにいるか気配すら無くなっていた。
キングドラゴンは姿を元の石舟斎に戻していた。
「すんでのところで鉄仮面の正体をつかんだわい。奴はシカオスのもう片方だ。コンガラは負けたのか?とにかく蓬莱島を探し出し、翁の五葉松を倒さぬことには、すべてこの世は消滅してしまう…。」そう言うと面前に印を結び石と化した。

No.47第五章 謎の飛行体
Posted By slimey-admin on 4月 11, 2011
No.47
石舟斎とは何者なのか?善か悪か?
アマゾネスの女王テラミスも自らの軍団をアフリカに動かしていた…。空飛ぶ帆船軍団を手際良く運行するのは女神のように美しい姿の女達であった。
旋回するカツオドリの一群がアマゾネスの船団を取り巻き、海にはオキゴンドウのイルカの群が従っていた。
石舟斎は再び竜身をとり、大きく天空で跳ね水平線の夕焼けの日輪方向に飛び立った。

No.48第五章 謎の飛行体
Posted By slimey-admin on 4月 12, 2011
No.48
アディマークこそが七人の残された一人であった。それが「蓬莱島の戦士」だ。
この話しでは頓狂な出かたで興味を引いたが、石舟斎とともにそれはギリシャ神々の阿頼耶識の作る夢中の非存在であった。
二度目のアマゾネスに登場するアディマークこそが真の人間アディマークである。
何故、神々の阿頼耶識は彼らの幻影を犬治郎らの前に作り出したのか?
アディマークと石舟斎は、ある意味神々の存在の秘密を握ったと思われる。そして、犬治郎、長老、土ブタらもだ…。
その神々の危惧が、彼ら同士を奇妙な出会いをさせてしまったのである。
さて解説はこのぐらいにして…、モンブラン伯爵夫人を含む7人衆は覚者となり、何者と戦うと云うのか?

No.49 第五章 謎の飛行体
Posted By slimey-admin on 4月 12, 2011
No.49
すべての存在を雲中に隠したギアナ高地ほどもある飛行体「蓬莱島」…。翁の五葉松を含めた7人の覚者の、善か悪か判断のつかない戦いが始まった。
それはアフリカ神々の開放と事を一つにしていたのである。
翁の五葉松は何者かと言葉を交わしていた。どこにも相手の姿はない。
「わしを眠りから覚ませたのは、鶴の一団じゃった…。
わしは上昇気流に乗ってやってきたお喋りな鶴達にすべて聞いていたよ。いよいよじゃな。」
「この宇宙には驚くべき事に意味がある…とね。
それを鶴の一団はスプルースのユッグドラシルから聞いたのじゃな…。奴は一万年をそこに木として存在する大いなる思索者じゃ。」
「わしは 世界に大きな異変が近い事も聞いた。鶴はお喋りだが真面目じゃ。
これにはギリシャ神々が関わっておる。神々の大きな筋書きがあり誰も止められないとな。」
「して、ここにアフリカ神々の開放が起こった。」低い声だけが聞こえた。
「日本の神々がまず口火を切ったのじゃ。蓬莱島が動き出したのじゃ。ほれ、日本列島の霊体じゃよ。」
続けて見えない者が言った。

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No.50 第六章 蓬莱島
Posted By slimey-admin on 4月 13, 2011
No.50
ギアナ高地がそのまま空中浮遊したような巨大な 日本列島の霊体、蓬莱島…。それは今まで日本列島に重なる形で霊的に存在していた。
しかし、突然遊離をはじめたのだ。
日本の奥座敷東北の根付きを断ち切る様に…。
日本の神々の守護の霊体が七つに分散した…。蓬莱の七戦士とは守護霊体の具現化なのであろう。
宇宙の計り知れない「ある意味」のもたらす戦いが始まったのである。

No.51 第六章 蓬莱島
Posted By slimey-admin on 4月 14, 2011
No.51
蓬莱島はアフリカのナミビア砂漠の上に差し掛かっていた。
アフリカは豊かな大陸だった。しかし、ギリシャ神々の己を省みない理性は、現在のアフリカに至る最悪の破壊をもたらした。その中でもアフリカの神々は瀕死の状況から立ち上がった。希望の光はここから漏れだした。
すべての搾取からすべてを失ったアフリカに残されたもの…、それは人間の持つ根源的な善だけであった。犬治郎は再びアフリカのオレンジ色の大地を高みから目の前にしていた。
「人間の…故郷、俺のおふくろ、…アフリカ!目を覚ませ。」

No.52 第六章 蓬莱島
Posted By slimey-admin on 4月 15, 2011
「根源的な善だけが?悪はないの?」
馬場鹿男がつぶやくように言うと、
モンブラン伯爵夫人が犬治郎を正面に捉えてきっぱりと言った。
「悪はれっきとして存在していますわ。」
「アフリカでは善悪は対立しておらん…。」
長老が煙草の煙とともに言った。
「ブヒン、俺たちケモノに形而上学は通用しないぞ。チョコレート!これが俺には問題だよ、なあ犬治郎。」
土ブタが肩をそびやかせて犬治郎に手を出した。
「そう云う事じゃない!善をなすのは根源なのだ!究極の状況で自ずから湧き出るものだよ。判断ではない!」
ゼンザイが木琴で喋った。「すべて善し、すべて善し、すべて善し、宇宙はこう言っている。」犬治郎は苦笑いをした。
「蓬莱島七人の戦士と言うが、五葉松の翁とアディマーク殿を加えると数が合わんのう…。」長老が指で数えながら言った。

No.53 第六章 蓬莱島
Posted By slimey-admin on 4月 16, 2011
No.53
「いや、それで良いのじゃ。ゼンザイが何者か知れると分かる。」
五葉松の翁の声が響いた。
「実はゼンザイは人間の様な存在ではない。
もっとも、わしも人間ではないがな。日本の神々の霊的な生まれ変わりではない。」
するとゼンザイが言った。
「その通りです。私の魂の故郷はアフリカです!戦士を集めるのを依頼したのは私です。
バラバラに居た皆さんを集めるためには苦労がいりました。アフリカのために日本の神々に応援を頼みました。」ゼンザイはひとしきり木琴を弾くと、丁寧に祝詞を奏した。
「む、ナミブ砂漠に蓬莱島は着陸じゃ。日本列島のパワーが砂漠に注入される…。」五葉松の翁は、人間の翁の姿へと変身した。

No.54 第六章 蓬莱島
Posted By slimey-admin on 4月 17, 2011
No.54
真っ先に土ブタと犬治郎、長老が降り立った。
砂漠の真っ只中の百メートルほど上空に巨大な島の霊体は浮遊していた。
砂漠にとって大きな影が異質な空間を作っていた。
「ここではすでに過激な戦闘の最中だ、気をつけろ!」ゼンザイが警告した。
「敵は?」モンブラン伯爵夫人が言った。
「何が出るか分からないのじゃ…。生態系が破壊されているからな。」
物知りでは何でも知る翁も降り立っていた。
「見える…。なにか巨大なものが来る…。」周囲を見回していた馬場鹿男の超能力が異常を察知した。

No.55 第六章 蓬莱島
Posted By slimey-admin on 4月 18, 2011
No.55
「周囲は砂漠だ。今のところ何も異常は無いがな?」犬治郎が振り返り言った。
「ブヒ?あれは何だ?」真上を見上げて土ブタが声を上げた。
「巨大な長いトーフだな、まるで。」犬治郎が首を上げたまま言った。
「あれは…、ゴマフートじゃわい…。歴史上の大事件が起こる時には現れると言われる、ゆうしょ正しき謎の飛行体。どうやら数も増えてきたな、物見高いは誰も同じじゃわい。」
五葉松の翁は首が曲がらず、目だけが上目遣いに言った。
「あなた、それはゾクゾクすること。きっとそれだけの事が起こると云うことですわ。ほほほ」
伯爵夫人は、注意深く周囲を見回し抜刀した。

No.56 第六章 蓬莱島
Posted By slimey-admin on 4月 19, 2011
No.56
「物凄い気を感じるがいっこうに実体が見えないのはどうしたことだ?」ゼンザイが言った。
「…下の方だわ。」伯爵夫人は赤い大地の小山に視線を釘付けにされていた。
「ここの下に凄くでかい飛行体がある…。これは宇宙から来た葉巻型のUFOだ?人が乗ってる。」馬場鹿男が言った。

No.57 第六章 蓬莱島
Posted By slimey-admin on 4月 20, 2011
No.57
ゴマフートの数は空一杯に、数千を超える数が集まっていた。
「どんな事が起こるのだ?」犬治郎は空を見上げて言った。
「ここから人間の歴史が変わる様なことじゃ…。」
「あの砂の上から微かながら声が響いたわ。」
モンブラン伯爵夫人が言い終わらぬうちに、
そこに突然光の点が出現し、みるみる光度を上げた。
金色の光線の輝きの中に影が見えた…。
「あれは何だ?」
犬治郎は大声で叫んだ。
ますます輝度を上げまぶしさで周囲は圧倒され動けなくなった。
「おお、アマの出現じゃぞ!」翁は丸い真黒のサングラスをおもむろに取り出し皺だらけの顔に掛けた。
「アマ?!」一同の声が同時に響いた。

No.58 第六章 蓬莱島
Posted By slimey-admin on 4月 21, 2011
No.58
「眩しくて何にもみえないぜ。ブヒン」土ブタが吼えた。
「根源そのものじゃよ。目で見えんのがアマじゃ。」長老の顔が照り輝いていた。
「えらく有難いものに出っくわしたものだ。」
犬治郎は手を合わせた。
その時、電光石火、刃が走った!
一同は唖然とし言葉を失った。
「私の目はごまかせない!」
モンブラン伯爵夫人の剣は一瞬光り、既に納刀の仕草に入っていた。
何かがその足元にゴロリと転がって来た。
「根源が断ち切られた…。」ゼンザイが呟いた。
一人の従者が近寄るとおもむろにそれを翁に取り上げ差し出した。
目の覚めるように美しい女の首であった!
暫く凝視していたが、振り返り怒鳴った。
「アマの首を納めよ!」翁はそう命令すると、突然櫃を持った従者が現れて数人で櫃に納めてしまった。
一部始終わけも分からぬ犬治郎らは息を呑んで見ていた。
「アマの首をものにしましたわ。」
モンブラン伯爵夫人が翁に振り返って言った。

No.59 第六章 蓬莱島
Posted By slimey-admin on 4月 22, 2011
No.59
「彼岸とこの世に橋が掛かったのう。
アマの首を出さぬ限り地獄の蓋が開いたも同じ…。首のない身体は宇宙に彷徨い出た。あれがここに埋まる飛行体の守護神じゃわい。」
翁は頷き自分自身に納得させるように言った。
「ひどく神性を冒涜したことにならんか?」
犬治郎は一同と顔を見合わせ大声で言った。
「おぬしまでがそう思うか。神性とは何か?…やがて分かる。」翁が言葉を返した。
「ブヒ、それにしても人間が神性から目覚めることは容易じゃないね!神性とは俺で、俺はケモノだ。俺は疑らない。」土ブタが呟いた。
「この下にこそまだ見ぬ宇宙の真の神性が在るのですわ。」モンブラン伯爵夫人が微笑んで言った。

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No.60 第七章 奇想天外
Posted By slimey-admin on 4月 23, 2011
No.60
アマの守護から解かれた飛行体はその姿を地上に現した。
全身眩いパールの様な質感で、巨大な胴体にはリベットや継ぎ目などは一切無く、つるんとしていた。
曲面には大きな丸い窓が一定の感覚で並び地球とは違う異文化を感じさせた。
砂漠の一山全てが飛行体のほんの一部である事を知って犬治郎は 額然として言った。
「こんなにでかい飛行体は俺も見た事が無い。

No.61 第七章 奇想天外
Posted By slimey-admin on 4月 24, 2011
No.61
「いったいこれは何なのだ?」犬治郎は砂の中から浮き上がった飛行体を見上げた。
「守護していたアマを断ち切った事で、事態は急遽地球から宇宙的規模にステージを上げたことになるわい。」
翁は杖で何事かの合図をすると、パールの様なボディに穴が開いて光が差した。
犬治郎ら一行は、柔らかな光に包まれて穴に取り込まれていった。

No.62 第七章 奇想天外
Posted By slimey-admin on 4月 25, 2011
No.62
飛行体の中は、無数の地球生命の保管室だった。樹齢数千年からの原始の森を中心にジオトープを形成していた。唯一人間の姿はそこには無かった。
「これが宇宙的神性か?俺にはただの森に思えるぞ。」犬治郎は恐れを知らず、ずんずんと中に入って行った。
「起こる事を知る者がいるのじゃ…。」
長老は注意深く見回した。
「ブヒ、誰か来るぜ!」土ブタが身構えた。

No.63 第七章 奇想天外
Posted By slimey-admin on 4月 26, 2011
No.63
それは薔薇の姿をしていた。
カクテルと云う種類のシンプルな単衣の薔薇で良い香りが漂ってきた。
「ずっとずっと待ってた…。この時が来るのを!私の名はアンミツ。」
香りが喋りかけるように動いてくる。
「薔薇の姫?アンミツ姫!」
犬治郎は大いなる親しみを覚えた。
「この船は何処から来られたのじゃ?」
長老が穏やかに聞き返した。
ゴマフートが一斉に湧き上がり耳をそば立てた。

No.64 第七章 奇想天外
Posted By slimey-admin on 4月 27, 2011
No.64
翁は杖の先でトンと側の木に触れた。
するとその木は人の姿になり喋り始めた。
「私はアンミツ姫の叔父カンテン卿です。おや、眠りから覚ますのはどなたじゃな?」
どことなくぎこちない態度が滑稽さをかもしていた。
「どうやら意識を回復されたわい。」翁は満足そうに頷いた。
「この船の広さはどう云う訳です?」
犬治郎が聞いた。
「眠りを第一義に考えての事です。」
「あんた顔色わるいなあ。」

No.65 第七章 奇想天外
Posted By slimey-admin on 4月 28, 2011
No.65
犬治郎が背の低く青白いカンテン卿に面と向かい言った。
「われわれは植物ですからね。あなた方からは本当は見えません。」
「木の精なのか?」犬治郎は驚いた。
「そうです。あなた方の魂と云うのと同じです。」
「どうしてこの船の中におるのですか?」
「別の宇宙から来たからです。」
「…別の宇宙?」
「そう、異次元を九つほど離れたところで、
この宇宙の実体構造に当たるところです。
そこでは反振動の静止状態が虚数となってます。つまり何もないと云う事で成り立っています。」
「ちょっと待て!全然分からん。」
犬治郎は眉間にシワを寄せて考え込んでしまった。
「仏陀の足跡を思えばよい…。」
長老が助け舟を出した。
「それが何の用でこの世界に来られたのじゃ?」翁が薄々知っているかの素振りでカンテン卿に笑った。

No.66 第七章 奇想天外
Posted By slimey-admin on 4月 30, 2011
No.66
カンテン卿はにんまりと笑った。
「ルールの変更が有りました。」
翁が薔薇の木にも杖をトンと当てた。
すると、アンミツ姫も突然人の形で実体化した。息を呑む美しさと品格で、あたり一面明るい香りで華やいだ。香るような声がした。
「開放の度合いが広がりましたわ。」
「それは良い事じゃ。もう少し人間界もマシとなるじゃろうわい。」翁が可可と笑った。
「ワシは知っておるよ…。お前さんがた、竜宮城から来た乙姫じゃろう?」長老がおもむろに煙草をくゆらせて言った。

No.67 第七章 奇想天外
Posted By slimey-admin on 5月 3, 2011

No.67
「羽衣を奪われて帰るに帰れぬ…。そうじゃろう?アマがその羽衣だな、わしの見立てに間違いがあるかな?」
長老はゆっくり煙を吐いた。

カンテン卿は驚いたように木々を振り返り言った。
「仰せのとおりアマはわれわれの大切な一員で、やはり植物の魂ですが、地上の植物の虜となり果ててしまいました。それをそそのかしたのが奇想天外です。」
「奇想天外?」犬治郎が大声で言った。
「砂漠に住む植物さ。奇妙なやつじゃ。ほれ。」長老が指を指した。

No.68 第七章 奇想天外
Posted By slimey-admin on 5月 9, 2011

No.68
「奇想天外とはウェルウィッチアと云うてな、二千年も生きるアロエの様な植物じゃよ。ほれこの奇怪な姿を戻してやろう。」そう言うと翁は奇想天外を杖の先で三度突いた。

株はうねるように上空に伸び上がり、いつのまにかアフリカの伝統服をまとった背の高い男がそこに立っていた。
「俺のアマを返していただこうか!」
低くつぶやくように男が言った。

No.69 第七章 奇想天外
Posted By slimey-admin on 5月 11, 2011

No.69
「それは私どものセリフだ。」カンテン卿が言った。
「この羽衣の櫃こそこの世の悲劇そのもの。これを持てるものこそ地球を引き継ぐ後継者なのだ。つまりはわししか居らん。」
翁はこっそり櫃を抱えるとその場から消えた。
翁の行方を誰もが探し始めた。
羽衣の首はかくして伝説の櫃となった

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No.70 第八章 竜宮
Posted By slimey-admin on 5月 12, 2011

No.70
「いったいどうなってるのだ?俺にはさっぱりわからん!」犬治郎は滑走して上空に上がるトンボ・クトゥーから周りを見回して怒鳴った。
「ブヒン、俺もだ、旦那!ブヒブヒ!!」
「そうだろうて、わしらにはつじつまの合わん混沌の世界におるからじゃ。」長老はゴマフートを横目で見ながら言った。
「これというのもコンガラの勝負がつかないからなのか?」
犬治郎は浮遊するギアナ高地蓬莱島を眼下に言った。
「いいや、勝負はついておる…。」
長老は上目遣いに、あるゴマフートを目で追った。

No.71 第八章 竜宮
Posted By slimey-admin on 5月 14, 2011

No.71
トンボ・クトゥーは一気に加速して無垢空間に入ると、さらにトンネル状のワームホールの永劫を瞬間にぶっちぎり虚の世界に出た。
あらゆる処に偏在しながらも跡を残さないことからも「虚」とされる世界である。
「うーむ、これは!何も無い“虚”に出たに違いない。わしも初めてじゃ。」長老は目を思い切り見開いて言った。
遠い空間に途方もない大きさの魚が見えた。
「なんだい。あれは?噂に聞く荘子逍遥遊にある鯤と云う魚ではないか?とんでもないスケールだぞ。」犬治郎は身を乗り出した。

No.72 第八章 竜宮
Posted By slimey-admin on 5月 17, 2011

No.72
「ブヒン、こっちを見ろ!クラーケンじゃねえか?信じられねえ、ブヒ」土ブタが叫んだ。
「虚にある竜宮の象意の出現じゃ。一種の印じゃな。虚は自在じゃ。」長老は髭をなで言った。
「壮大な生き物の歓迎を受けたのか。竜宮はいったいどこだ?」犬治郎は周囲を見渡したがそれらしきものは何も無かった。
「虚であるからは皆目分からん。じゃが可能性は有るぞ…。見ておれ…。」
長老は、アフリカの呪術道具であるハイエナの尻尾の杖で空中に三度円を描くと、呪文を三度唱えた。
「ゲゲ!何かが浮かんできた!目の前だ!ブヒン」
虚の空間は変容し、創造を伴なって楼閣の門が出現した。

No.73 第八章 竜宮
Posted By slimey-admin on 5月 18, 2011

No.73
犬治郎の目の前に青い蛍光の光が現れた。その線分で簡単な楼閣が形を成していた。犬治郎はそれを見た瞬間怪しさを覚えた。
それは間もなく変貌をはじめ、一人の戦士の形をとった。
強い青白い光の輪郭が眩暈と共に強烈な恐怖心を犬治郎らに与えた。
視線を移しても、目を瞑ってもそれは変わらずに目の前に迫った。犬治郎はとっさにこれはエイリアンだと直感した。
「ブヒ、旦那も見えるか?これは外来のエイリアンだぜ。背筋が震えたブヒ。」土ブタが身構えて言った。
「おう、土ブタ、貴様にも見えるか?吐き気がするほどの恐ろしさだ。むむ、
これが虚なのか?」犬治郎は顔面蒼白になっていた。
「わしとしたことが、とんでもないやつが現れてしまいおったな。」長老は反省するように小指で頭を掻いた。

No.74 第八章 竜宮
Posted By slimey-admin on 5月 19, 2011

No.74
「これは長老の呪術を利用して虚に入り込んだエイリアンです。竜宮はすんでのところで門は閉ざされています。」今まで黙っていた馬場鹿男が興奮気味に言った。
「そうか、わしじゃないぞ。あの化け物は知らん。」
ズガガガ〜ン!!!
突然の一撃をトンボ・クトゥーはくらって地にたたきつけられた。
「ブヒ、こうなりゃ戦うしかねえぞ。旦那!」土ブタが立ち上がりながら言った。
「どこに奴は居るんだ?どこだ?痛…。」
犬治郎は周りを見回した。
「見回しても無駄です。奴は虚に居るから。でも僕には手に取るように分かる!」馬場鹿男が両耳に手をあてた。

No.75 第八章 竜宮
Posted By slimey-admin on 5月 21, 2011

No.75
馬場鹿男には聞こえていた。低い周波数で唸る声に背すじが寒くなった。
意味不明の羅列はそのまま頭の中で映像化された。
目の前に幾何学図形の羅列と数式が示された。
何を言っているかの意味を超えて示されたものは絶対絶命の絶望だった。
鹿男は己を失った。

No.76 第八章 竜宮
Posted By slimey-admin on 5月 23, 2011

No.76
「だまされちゃいかん!その気分は自分じゃ無いぞ。」犬治郎が大声で怒鳴った。
その声で鹿男は正気に戻った。
「ブヒン、人間はなんと気分の動物だ…。俺たち純粋さを持つ動物には理解できないね。ブヒン、ブヒン」
エイリアンは異様な姿を現した。その武闘戦士の身体は透ける筋肉で固められていた。
その体内から発する青い蛍光色の光はネオンの様に千変万化し深海生物を思わせた。
「怖いだろう?…絶望は怖いだろう。
敵は俺じゃないぞ。
貴様らに巣食うちっぽけなものが身を滅ぼす最悪のものとなりうるのだ。」
そう云うと大笑いをした。

No.77 第八章 竜宮
Posted By slimey-admin on 5月 25, 2011

No.77
「おい、ふざけるな!貴様のような奴に説教をされる由縁は無い!俺たちはお天道さまに真っ直ぐ生きてきたんだ。多少の馬鹿でも人間は恐怖の闇夜も耐え抜いてきたんだ、みくびるんじゃない。」犬治郎は真っ赤になって怒鳴りはじめた。
「威勢だけいいな。この世のゴミどもめ。」
そう言うと不気味な形相でそのサーフボードに飛び乗って突っ込んできた。
それを受けトンボ・クトゥーはジグザグに素早く振れ、イナズマ形にボードを避けた。
みるみる遠ざかるトンボ・クトゥーを見て、
「ほほう!なるほど多少は飛行の心得はあるな…。では、たっぷり絶望を味わってもらおう!」
キリキリと、ネジ状の力がトンボ・クトゥーを軋ませるほどの力が襲った。

No.78 第八章 竜宮
Posted By slimey-admin on 5月 27, 2011

No.78
ゼンザイは嵐の激しさで木琴を弾き続けていた。
「凄まじい気を背後に感じます!」鹿男がそう言って振り返るとエイリアンがのしかかる様に迫っていた…。
異様な振動と共にトンボ・クトゥーは明るく発光した。轟音がトンボ・クトゥーを二つにへし折り左右にぶち飛んだ。
「なんのこれしき、トンボ・クトゥーよ、君の実力を出してみよ!!」長老が目の玉が飛び出さんばかりに見開き怒鳴った。
言うが早いか瞬時に修復された二つは軌跡を合体した。
「ぬお?何だこいつは、生き物か?」
エイリアンは面食らった。
ゼンザイの木琴は凄まじい気を縫い分けるように祝詞の様な演奏に変わり虚は明るく清明を帯びた。トンボ・クトゥーは青味の透明度を上げた。
すると虚を一瞬にたたみ込み瓢箪に収めてしまった。
信じられない叫び声がこだました。
犬治郎の手のひらにぽとりと落ちてきた。
「気色悪いがパワーは凄いもんじゃ。役に立つぞ。ははは。」長老が片目をウィンクし笑った。

No.79 第八章 竜宮
Posted By slimey-admin on 5月 28, 2011

No.79
「ブヒ、もうダメかと思ったぜ。瓢箪に収まっちまうとなんだか大したこと無いな。ブヒ。」土ブタが瓢箪を覗き込んで言った。
「おい、ここから出せ!」瓢箪の中からか細い声がした。
「出すものか!貴様の様な乱暴者は一千万年ぐらいそこで頭を冷やせ。」
犬治郎も覗き込んで言った。
「虚の底なしの力をおぬしもちょっとは味わえ。」長老も顔を寄せて
覗き込んで言った。
「おぼえてろよー。」
小さい声がしたところで長老はそこに栓をしてしまった。
「瓢箪とは奇妙なものだな…。わはははは!」
犬治郎は顔を見回し、神妙な顔でつぶやくと 大笑いをした。

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No.80 第九章 千年紀
Posted By slimey-admin on 5月 30, 2011

No.80
「ブヒ?」土ブタはもう一度我が目を疑い瓢箪を見た。
瓢箪がふんわりと宙に浮きはじめた…。
「これで終わりじゃないのか?」
犬治郎は呆気に取られた。
「おおっ!トカゲの尻尾が切れても動くのと同じじゃな。精気がとてつもなく強いのじゃ…。エイリアン本体とは切り離されたので大いに役に立つぞ!」長老が手を延ばして瓢箪を掴んだ。
「うわ!握るだけで精力剤ドリンク1000本分にも値するかもしれん…。」
「とんでもないパワーを持った奴だったんだな、トンボ・クトゥーが押さえず本気で戦っていたらとんでもない事になっていたぞ。くわばらくわばら。」犬治郎はまじまじと瓢箪を覗き込んだ。
「ブヒ、長老ちょっと俺に貸してみてくれ。ブヒン。俺にも千倍を味あわせてくれ。」土ブタは不用意に瓢箪を掴んだ。

No.81 第九章 千年紀
Posted By slimey-admin on 5月 31, 2011

No.81
犬治郎らは知らず千倍の能力となっていた。なんの自覚も無かった。
人間が千倍の能力を身につけるとどうなるのか?
虚で、…思う事が実現してくるのも千倍だ。意識がある臨界点を超えると一変してくる事にまだ一行は気が付いていなかった。思う事が実現してくる世界とは?
「ブヒ、あれは何だ?」
土ブタが大声で叫んだ。
「おおっ!楼閣だぞ!竜宮の門か?」
犬治郎も驚きの大きさに見上げたまま言った。
「壮大な楼閣じゃ!いったい何時の間に現れたんじゃ?」
「さっきまで何も無かった。」
鹿男は首をひねった。

No.82 第九章 千年紀
Posted By slimey-admin on 6月 1, 2011

No.82
犬治郎たちの前に現れたのは小山ほどもある巨大な楼門だった。
「ここが竜宮の入口じゃ。入って帰った者は浦島だけじゃ。あとは知らん。」長老が瓢箪を握った。
「ブヒ、お宝が煙のか?歳取らせられるだけってのは頂けないぜ。」
「ほんとに在るとは知らなかった。」
犬治郎はほとんどのけ返って言った。
「…この中には誰もいない。」
鹿男は透視した。
「いや、見えた。とてつもなく大きい象が居る…、白い象が見える。真っ白だ。虚の生き物だ。」
「ここでは自分自身の容貌の変化にも注意が必要だぞ。今迄通りでいられるとは限らないからな。」
犬治郎は渾身の力で重い扉を開いた。

No.83 第九章 千年紀
Posted By slimey-admin on 6月 3, 2011

漆黒の闇からぬうっと浮かぶ白い象が犬治郎に見えた。神聖と恐怖がいっぺんに犬治郎に押し寄せた。しんと静まる闇から威ある眼が犬治郎を見据えていた。
「この門を通ることは罷りならん。」
犬治郎は軽く会釈をすると白い象に
言った。
「何故です?」
象は闇から幽玄なる半身を見せた。
「ここは虚の世界だ。畏れ多くも人間の来るところでは無いぞ。帰れ!」
「浦島太郎が来たと聞いてますが。」
鹿男が口をはさんだ。
「浦島?…其処に囚われておる。楼閣の三階にな。死ぬに死ねぬ老いをさらして苦の権化じゃ。今も其処につながれておる。」
白い象は巨大な鼻を振った。
「やっぱりそうか!悲哀がここを充していた。」鹿男は声を上げた。
「浦島が?!ここに?」
犬治郎は空を見上げた。

No.84 第九章 千年紀
Posted By slimey-admin on 6月 5, 2011

No.84
「浦島太郎とは誰なんだ?何故ここに幽閉されているのだ?」
犬治郎が一歩も引かぬ態度で白い象の前に立ちはだかり問いを発した。
「…。」
白い象は沈黙していた。
目を瞑り瓢箪を握りしめていた鹿男が割って入った。
「うらしまたろう…、占部の舞い男の子の事だよ…。男の巫女、つまり予言者の事だと思う。頭に誰かの声が響いた…。」
「ブヒ、予言者か?!」
「乙姫の予言者なのじゃな?」
長老が納得した様に大きく頷いた。
「ぬ、貴様達はただの人間では無いな…。わしの背に乗れ!幽界を案内しよう。」白い象は大きな象牙を犬治郎らの目の前に降ろしてきた。

No.85 第九章 千年紀
Posted By slimey-admin on 6月 6, 2011

「これから俺が行くところは予言者の世界だ。まだ起こらぬ事が目の前に起こるじゃろう。幽閉された者の観る世界は恐ろしいぞ。」
白い象は犬治郎らを乗せてゆっくり立ち上がった。
「おお、そう言えるのは浦島太郎お一人じゃ、おぬしは浦島の魂の変容じゃな?」
長老は静かに驚き言った。
「いかにも。俺の身は幽閉されるも、魂魄は白象となりて幽界を彷徨う者と変わり果てた。」そう言いおわるとターンして白い象はおもむろに闇に歩みを踏み入れていった。
「わくわくしてくるぞ、土ブタ。」
「ブヒ、まだ見ぬ未来も過ぎた過去も俺は今に生きる信条だ。旦那のお供なら仕方ねえ。」

No.86 第九章 千年紀
Posted By slimey-admin on 6月 9, 2011

No.86
真っ暗闇を進むとあたりはますます玄となった。玄とは黒のまた黒のことだ。辺り一帯の見当が付かず鼻をつままれてもまったく分からない闇となった。
側にいる土ブタも長老も鹿男も犬治郎もお互いまったく薄っすらとも見えない。
「おい、土ブタ。何にもまったく見えないが、お前はどうだ?」
「ブヒン、俺もだぜ旦那、闇でもこれは今までにないぜ」
「ここまで真っ暗闇とは光の無い世じゃろう。聞いた事もない、どこなんじゃ?」長老が言った。
「ここは境界面だ。間もなく抜けて一同驚かれるだろう」白い象の声が直に伝わってきた。
「闇ぐらいで驚くに値しないよ。空間に闇が実在しているからだ!無いんじゃない、闇が実在しているんだ!」鹿男の上ずった声が響いた。
「すると君は反対側が在ると?!」犬治郎の声が言った。

No.87 第九章 千年紀
Posted By slimey-admin on 6月 14, 2011

No.87
「暗黒が在る…?」犬治郎が言った。
「すべて概念のまま存在している。」白象の言葉が暗闇に響いた。
しばらくすると心地良い冷たい気流が象の背に感じられてきた。地平線が僅かにウルトラマリンブルーに明けてきた。
「さあて、いよいよ千年紀に踏み入るぞ!いろいろ起こるが、すべて幻ではない。既に起こった事とこれから起こりうる事だが驚く事はない。これはアカシックレコードだ。」
「起こる前から記録されている?!こんな事が可能なのか?」鹿男が訝しく周囲を見回した。
明けるサバンナの広がりが明るさを増してきた。
「ブヒ、観るだけだってことか。何だい?千年紀って?」土ブタは揺られながら今来た背後の闇が気になっていた。

No.88第九章 千年紀
Posted By slimey-admin on 6月 16, 2011

No.88
「すでに俺たちはすべてお見通しらしい。この状態でな!」
犬治郎は突然そう言った。
すると長老が口を開いた。
「ああ、その通りじゃ、起こっている事がすべてお見通しじゃ。」
「ブヒ、おい、今、強盗がここにやって来るぞ!幼い子供を人質に納屋に立てこもる…。何てこった!俺の目の前にすでに幻影が見えている!吐き気がしてくるぜ。ブヒン」
土ブタは向き直って言った。
「俺に見えるその強盗はゼンザイさんだ…?!信じられない!間違いでしょう?」
鹿男が言った。
「いや、それは以前に事実あった事だ…。」
そこには居ないゼンザイの声が響いた。

No.89 第九章 千年紀
Posted By slimey-admin on 6月 18, 2011

No.89
「千年紀とは魂の千年でもっとも自分の犯した重い罪を推し量る儀式だ。」
白象が言った。
「なんと!悪を自ら乗り越える事なのか?」
犬治郎が立ち上がり言った。
「そうだ、自分の犯す過ちを乗り越えられてはじめて世界も千年紀を越える。」白象が笑った。
千年紀とは人間にとって一つの越えるべき柵であった。
誰も居ない桟敷席から声がした。
「人間道徳を超える事は生半では出来ることではない。其れこそ命がけでなければ掴めぬ。ここに隠しておきたい
事件が現れる…。」ゼンザイの声がした
望むところであると犬治郎は心を正した。

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No.90 第十章 虚を抜けて
Posted By slimey-admin on 6月 20, 2011

白象の行く手に無数の光の半球が、その一つ一つに同じ半球同士を映り込ませていた。無限に映し込む光の半球が強盗の一部始終の悪事を暴露していた。
再び誰もいない桟敷席から声がした。
「俺は強盗して追い詰められ、子供を人質に納屋に立てこもった…。空腹から握り飯に手を延ばしその手を屈強な僧に掴まれた事がある…。恥ずかしくも隠しようのない前世の悪事だ。」
その鬼気迫る場面が犬治郎らの前に無数に反射して、犬治郎は卒倒しそうになった。
瓢箪のせいで犬治郎らも自らの前世の千年紀の鮮明な記憶が暴露され他人事では無かった。誰もここでまともに目を開けていられなかった。

No.91 第十章 虚を抜けて
Posted By slimey-admin on 6月 21, 2011

侍は薄暗い農家の納屋から太刀を突き出した。長身の侍の足下、子供は恐怖から立ったまま土間に小便を漏らしていた。
侍は要求が通らなければその場で刺し殺す鬼気迫る状況が、何処かから切り出されたシネマスコープのように犬治郎らの目の前に無数に反射した。
「これがゼンザイ殿の悪行か?」
「なんと卑怯な!」
「ブヒ、俺たち獣にも劣る!」
「要求のみを通す現代人の戦略だ!」
犬治郎らは一斉に声を上げた。
「理由のいかん、何の弁解の余地もない…。」空の桟敷席から声がした。

No.92
その時、犬治郎は一瞬わけがわからなくなった。自分の手首を思いっきりつかまれたからだ。
見ていた映像は己の事実となっていた!子供の喉笛に突きつけていた刀は屈強な僧に奪われていた。虚しく潰された握り飯の感覚までがなんとも切なく伝わった。
うわ!これは俺じゃない!?そう思っても無駄だった。
犬治郎は声を上げたが何一つ聞こえてない…。
白い象の声が響いた。
「さあ、ゼンザイ殿の前世中に我々は入ったぞ。すでに区別は無駄だ。これは夢まぼろしではないぞ!これが心というものの謎そのものだ。」
侍は僧に後ろ手に捻りあげられた。
身体は地べたに土下座するように突っ伏した。悔恨の情と共に、心はこうなった運命を振り返った。
一つ一つの出来事が思いおこされた。
「うっ、殺せ!殺して下され!」そう叫ぶのを聞き僧は力を弛めた。
侍は突っ伏したまま慟哭した。己の人生のすべてがここに集約して終わろうとしていた。

No.93 第十章 虚を抜けて
Posted By slimey-admin on 6月 28, 2011

No.93
腕をねじあげていた僧が侍に言った。
「一つ食え!」
そう言われ、我に返った侍はわき目もふらず握飯をガツガツとたいらげた。
「貴様、ぜんぜん食っておらんな?それでは人は殺せん。なぜ人質など取り盗みに及んだ?事情があるな。」
「…死にかけた者がいます。そこに私の兄がいます。動くことままなりません。」
「どこだ?」
僧は薄暗い奥に目をやると黒い塊の目だけが光った。

No.94 第十章 虚を抜けて
Posted By slimey-admin on 6月 30, 2011

No.94
らんらんと光る目がこちらを見ていた。よく見るとそれは犬だった!
一際大きな白い身体は地べたに引っ付くように動かないでいた。
僧は一瞬驚いたが、そのままゆっくり近寄り握飯をくわえさせた。
犬はぶるっと立ち上がると握飯を咀嚼した。
「何の因果かこの犬が貴様の兄か!俺も、よくもこのような深い因縁に契られた出来事に出っくわしたものだ…。」僧は力を弛め侍を放した。
そのすきをみて村びとらは一斉に侍を殴りつけに出た。
すると、恐ろしい声を上げて犬が吼えかかった。
人々が再び遠まきに散ったところへ、大粒の雨がボツ、ボツ、と落ちてきた。
一変してあたりは車軸を流すような豪雨になった。
「アブラウンケン ソワカー」
僧は大声で呪文を唱えはじめたが雨で何も聞こえぬほどであった。

No.95 第十章 虚を抜けて
Posted By slimey-admin on 7月 3, 2011

No.95
ゼンザイの過去生に入り込んだ犬治郎は驚きに震えた。
この白い犬こそ犬治郎の八代前、大きな財をなす「犬萬」の創設の元となる「死者の金」の因果で結ばれた、因縁の犬であるからだ!
いや、因縁さえ超える何かが起こっているのだと思った。
他人の不幸を親身に救い、女と犬の霊が遺した金をもとに、今の犬治郎のすべてが始まっていた…。
驚くべきことに、それがゼンザイの前世での兄であるとは!
しかも、その白い犬はここに死にかけているというではないか。
犬治郎は、悪行の因縁であるかもしれぬゼンザイ兄弟の今一度この白い犬をどうやっても救いたいと思った。

No.96 第十章 虚を抜けて
Posted By slimey-admin on 7月 6, 2011

No.96
兄の犬日子という名の通り、死にかけているとは言え全身から後光が出ていた。
どうみても普通の犬ではなかった。
薄汚れた毛並みもきっと元は神々しいほどの美しさであったであろうと思われた。
犬日子は僧の目を見ると威嚇をやめ、そこに再び腹這いに座り込んだ。
ゼンザイ兄弟は、この家の息子を人質に、いったい何を要求したのか?握飯だけではあるまい。耳ざとい野次馬もそれは分からなかった。
思いもかけず犬日子の命が迫り来たことを知りゼンザイに焦りができた。
そのお告げは夢に現れた。

No.97 第十章 虚を抜けて
Posted By slimey-admin on 7月 7, 2011

No.97
ゼンザイは兄犬日子の夢を見た。
この家に兄が幽閉されている霊夢を見たのはちょうど七日前になる。
夢枕の兄は、もはや幾ばくもない自分の命と自分の居る場所を述べた。
そこには鎖に繋がれた白い大きな犬がおり、それが兄の変わり果てた姿であった。
夢はそこで覚めた。
「何という因果なのか?何故に兄は犬の姿になったのか?」ゼンザイは声に出してつぶやいた。
すぐに旅支度をすると夢の告げた通りの場所「かたの」へと向かったのだ。
兄犬日子は五歳の時にかどわかしにあい、祖父や両親がどれほど手を尽くして探そうがまるで分からず、そのまま音信がないままだった。

No.98 第十章 虚を抜けて
Posted By slimey-admin on 7月 8, 2011

No.98
犬日子の秘密の行方を知る犬治郎はゼンザイの前世の中に身動きできぬ存在であった。ここでは各人が完全に別の存在ではなかったのだ。
しかし無意識の一部の人格として、どんなに叫んでもまったくゼンザイが気付くことはできなかった。
「私は天狗にさらわれて、筑波の大僧正の元、剣術武術の兵法の類から神仙の飛行術から呪術まで見えない側から日本を支える修行に深く打ち込んでたのだ。」
無形の声が響いた。犬日子自らものだ。
「二十歳を迎える日まで、大僧正の元一心不乱に厳しい修行に明け暮れた。運命の瀬瑠璃姫に出逢うまでは…。」
犬治郎は核心に迫る話に聞き入った。
何という因果なのか?瀬瑠璃姫とは若き竜宮の姫の本当の名であった。
「大飢饉の年、荒ぶる神“黒い嵐”の生贄にさらされた瀬瑠璃姫を、私は大僧正の命を破り、あわやというところ、命を掛けて救い申しあげた…。
その運命の出会いは神仙界、人間界、誰をも敵にまわし、私と瀬瑠璃姫を奈落の底への駆け落ちへと導いた…。
魔道の道行き、四方八方見渡せども闇また闇、ついに諦めかけたそこに小さな祠をして焚火を起こし魔道より救うものがあったのだ…。」
「それが私の八代前の先祖か?!」

No.99 第十章 虚を抜けて
Posted By slimey-admin on 7月 10, 2011
No.99
犬は喧騒の中、静かに伏せて居る。
聞こえるのはいったいだれの言葉なのか?
しかし、よく見れば、声はその犬の薄く明いた目から放射するように見えた。異様な凄みは誰も近くに寄せはしなかった。
雨の中、子供を放すと僧は侍に刀をもどし大声で怒鳴った。「貴様のしたこと!貴様で始末されたらよい。」
僧を前に、侍は雨中の中犬を立たせ言った。
「この犬は行方知れずであった私の兄の変わり果てた姿です。瀬瑠璃姫の行方に後生までもかけています。このまま兄は、七代経ても大いなる遺恨を残し凄まじい祟り神となるつもりです。」
太刀を鞘に納め侍は続けた。
「瀬瑠璃姫の消息は、卑怯を承知で子息を楯に当館主から、脅し聞いたところです。もはやここに長居は無用。悪行承知の業、御免!」
そう告げると、侍と犬は雨の中を走り去った。

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