石の庭 第一部


2003/04/23 Wed

「まさか反対側にも在ったんだ...?」

ジュジュは驚きで目を見開いて言った。
「驚くべきは、何処にでもある、そして何処にもない...。」

ヌルヌはしわしわの顔の目を細めて言った。

二人は投げられた石の配置に目をやり何事もなかったかのように言った。
そこには、庭の掃き清められた地面に緑色の石が中心をはさみ対極をなしていた。現実の世界にたった今舞い戻ったのだ。

2003/04/24 Thu

ヌルヌは最高位の呪術師だった。投げられた石の配置からあらゆるものが読み取られた。その投げられた石の配置は、偶然にも中心となるダークストーンを挟んで緑の石の対称系ができていた...。

「ジュジュよ、おまえならどうだ?」

ゆっくりヌルヌがジュジュに顔を向けて言った。

「コンジャクションが1と7で起こっているね。これは一つの魂が二つに別れてあることを指している...。」

ジュジュが瞬きもせずに凝視して言った。

2003/04/25 Fri  

「う〜む、よくわかったな。石は1つずつに見えて実は2つじゃ...。ピラミッドの形の4角錐が底辺を同じくしてピッタリと着いている...。
180度のオポジションの関係の中にあるが、本来2つ...、不思議な接着で1つに見えておる...。0度の関係つまりコンジャクションがそこにあるのを見破ったとは見事だ。」

ヌルヌは射通すような鋭い目つきで笑った。

「見て!ゆっくり回転ながら浮かんでる...。とてつもなく魅力的だよ!」

ジュジュが大声で叫んだ。

「それはおまえだ!わっははは!!ぐはは!!」

ヌルヌは突然、冗談のようなひょうきんな顔に豹変し、大笑いしだした。

2003/04/29 Tue

もう1つの“反対側”でジュジュは明日もわからぬ老人として病床にあった。死は毎日のようにジュジュを訪ね、その存在を無意味で憂鬱なものに塗り替えようとしていた。
さすがのジュジュも、これに弱り切り己の城を明け渡しそうになっていた...。
その矢先、ココレレは帰還した。

2003/05/08 Thu

ココレレはヌーヌルの館にいた。

そこは郊外にある、廃屋となって使われなくなった病院か学校の校舎を思わせる荒れ果てた建物で、一見してゾッとするたたずまいからも誰も近づく者はなかった。

ガランと暗い4階の長い廊下のつきあたりにおぞましい気配が強烈に感じられた。
ココレレはたった今息を切らせて登り着いたのだった。
おそるおそるその部屋の傷んだドアを開けると、暗闇の中ベットに誰かが仰向けに倒れ込んでいる長いブーツだけが見えた...。
...一見してその人物はおおいびきで眠っていた。

「あ、あ、今だ!!」

ココレレはきゅびすを返すと一目散に階段を矢のようにダダダと駆け下った!1階のドアのノブに手が掛かった。

2003/05/08 Thu
肩すかしをくらったように同時に向こう側からノブが回った?!

一瞬なにかの姿がフラッシュして入れ違ったような感じがした!?...が、そこには誰もおらず、夜の外気がココレレの顔にせまった。

ココレレは振り返りもせず一目散に闇を走り走って走り抜いた。
2003/05/12 Mon

ヌーヌルは予告どうりに、村に帰還したココレレをまんまと拉致しヌーヌルの館に幽閉した。いったいどのような目的を持ってヌーヌルが執拗にココレレを狙い続けるのかは謎であった。

このヌーヌルの館は、ある公共の場が苦しみや悪意の思念により強力に歪み、手のつけようのないほどに肥大化し、霊的スポットになった場であった。
周囲には異臭が漂い日中でも何者も近づくのが憚られた。

「ふふ、逃げられるとでも思っているのか?...ココレレ。」

ヌーヌルがぬっと立ち上がった。

2003/05/14 Wed

ココレレの走る背後から大きな思念の塊のようなものがドッと追い付いてくる?!

「...ココレレ!...考えるのをヤメるんだ!ヌーヌルはお前の恐怖の思念を追っている...!怖がることをヤメるんだよ。...ワシの声が聞こえるか?ココレレ!?...ワシか?...ワシはジュジュだよ、お前のオジイちゃんじゃ!!」

ココレレの視覚野に聞き慣れた声が響いた。

「...ジュジュ!?...わかった!勇気を持つよ!ヌーヌルに立ち向かう!!」

ココレレはバッタリとその場で止まった!
そして、振り返った瞬間なだれのような悪の思念がココレレを呑み込んだ!?

2003/05/15 Thu  

振り返ったココレレに、爆破テロのように、ありとあらゆるおぞましい思念が形態と現象となってそこに炸裂した。あらゆる憎しみと悪意が、痛みと苦しみと悲しみを伴い、現実の形相でココレレを襲った。無意味感が衝撃波としてその周りを取り囲み、支配した!

「ぼくは、もう逃げない!」

ココレレはまるで仁王像のように目をカッと見開き、それらを見据えた!?

2003/05/16 Fri

やがてそれらが消え去ると、ココレレを奇妙奇天烈な無数のデーモンの兵士が取り囲んでいた。醜悪な吐息のガスがシューシューと聞こえ、まるで地獄の噴煙の中にいるように思えた。

「観念するんだな、ココレレ。このヌーヌルから逃げられるはずがない...。」

地の底から声が響き渡った。

振り返ると兵士たちの頭上に、マントをひるがえしヌーヌルが空中に浮遊してた。

「...ココレレ、恐れることはない。怖がるんじゃないぞ!頭の中に光をつくってみい!」

ジュジュの声が虹のように視覚化した

2003/05/23 Fri


ココレレの頭に一瞬サンコニャが去来した...。

同時になんとそこにサンコニャがビームソードを持って立っていた!空中には無数のゴマフートが現れた。

「おぉ!?お前はサンコニャ!?丁度いい、決着をつけるぞ!ここが天下分けめの決戦の始まりだ。」

ヌーヌルの声が地を震わせた。

「望むところだ、ヌーヌル!」

サンコニャが静かにソードを正眼に構えた。

無数のデーモンの兵士は、息をのんでこれを見守った。

2003/05/27 Tue  


「ココレレ、...僕がやる!」

サンコニャが黄色く光るソードを真直ぐ構え言った。するとソードの輝度がまぶしいほどに上がった。

「ほう、腕を上げたなサンコニャ...、だが、お前の負けだ。覚悟はいいか?お前ほどのやつをやりたくはないが...。」

青白く光ったソードをヌーヌルは腰からすらりと抜いて下段に構えた。ヌーヌルのソードは一気に白い輝きを増した。

と、目も眩むような閃光と同時に一瞬にして2人の刃が交わった。
あたりには、ため息ともつかないデーモンどものどよめきが起こった。

2003/05/28 Wed  

まるでスローモーションのサインを見るように2人のソードの光の軌跡が闇に浮かび上がった。それはときたま激しくぶつかり光の束を永久の彼方に投げかけた。
はげしい閃光の軌跡は、限り無い“善と悪の戦い”そのままの様に、単純だが深い謎のラインを闇に描き出していた。

あるところで、2つの異様に光るソードは、ピタリと止まったまま動かなくなった。

「ちょっと待った、ジュジュ。」

ヌルヌはコンジャクションになっていた緑の石を空中に止めたまま、そのまま手中に収めた。

2003/05/30 Fri  

「あっ?待ったなしですよ!?ヌルヌ!」

ジュジュが言った。
ヌルヌが握った手を開くと、そこにいたのは目の覚めるような虹色の光り輝く玉虫だった。

「アレ?玉虫だ?!ヌルヌ!?」

ジュジュが顔を上げヌルヌを見た。

まるで素早いマジックを見てるように、目の前の玉虫が2匹に増え、しばらくじっとしていたかと思うと突然羽根を広げジャンプした。

2003/06/04 Wed  

石の庭を高く舞い上がり、松の梢の明るい空間にすいこまれるように2匹ともいなくなった。

そのとき掃き清められた石の庭には、ひときわ明るい光が差したような部分が出来ていた。それはよく見ると、松の華のおびただしいオレンジ色の花粉が作りだしているのだった。
その空間は凛としていたが、生命のある種のやわらかい神聖さも保っていた。

しばらくヌルヌは玉虫の行方を望気するように眺めていた。

「これでグリーンポラリスは変容し蒸気の形をとった...。いずれ実在の相を持って出現するのが楽しみだ...。」

ヌルヌが上を仰いだまま笑みをたたえ言った。

ジュジュが、こっそり後ろから近づきヌルヌを羽交い締めにしようとした。

「ほほほ!そう簡単にはいかんわい!」

瞬間するりと抜け、身の丈ほどの高さに浮かんでヌルヌが言った。

2003/06/07 Sat  

「グリーンポラリスはコントロールできるの?」

ジュジュが言った。

「最も理解しにくい石だが、特定の生のパルス、つまり、ある運気のようなもんにシンクロするのを好むのはわかっておる...。ヤツはイキモノのようだ...。」

ヌルヌがゆっくり地上に降りながら言った。

「ある運気って?」

ジュジュが聞き返した。

「簡単に言えば、物事が起こる前の“大気”のようなもんだな。
そういう波に乗って、まるでサーフィンのように遊ぶんじゃ。...ヤツは、面白そうな大波はかならず乗ってくる...。」

ヌルヌは彼方を眺めるように言った。

2003/06/09 Mon

そう言い終わるとヌルヌは懐から雨蛙を取り出し、グリーンポラリスの在った位置に静かに置いた。蛙はしばらくじっとしていたが、そのまま2、3度飛び跳ね、石の庭の松の根方あたりで見えなくなった。

「カエル?!」

ジュジュが目を丸くして、そのままヌルヌを見た。
「変容の象徴をな...。さしずめ将棋で言えば金銀取りと言うことじゃな?...どうじゃ?」

ヌルヌはしたり顔で言った。

「わしのダークサイドの現象面、ヌーヌルが、これをどうするかじゃ...。」

ヌルヌが続けて言った。

「ぼくの戦士、サンコニャはきっと見破るよ!?」

ジュジュが反駁して言った。

2003/06/20 Fri

石の庭の空気は、湿気を帯びてボツリボツリと大粒の雨が、中央の大きな黒い石に当った。
やがてどこからともなく、無数の蛙の合唱が始まった...。

ヌーヌルとサンコニャの上、空中に列車の操車場が出来たと思うぐらい多数のゴマフートの姿が、中空にグングンと湧出た雲に遮られた...。

「サンコニャ!覚悟せい!」

ヌーヌルのソードは振り降ろしざま一瞬真白にスパークした。

2003/06/25 Wed  

ヌーヌルの一撃をサンコニャは渾身の力をもって受け止めた!
サンコニャは、体中が電気を帯びたようにシビレ、一瞬頭の中が真っ白になった。
ソードが組み合ったまま、ヌーヌルの顔がこぶし一つのところに歴然と在った。

「サンコニャ...、みごとだぞ、よくぞ受け止めたな...。」

無表情な仮面の顔が無気味に喋った。

「....。」

サンコニャはついぞ言葉も出なかった。

大粒の雨は、一寸先も見えない物凄い豪雨になった。
蛙の声はもとより、すべての音、姿が、この想像を絶する豪雨によってかき消えた。目前のヌーヌルの顔でさえ歪むようであった。

2003/08/11 Mon

それは6万年ぶりの大接近だった。整然と見える軌道に乗りながら、その惑星は威力を増してきていた。戦いを象徴する赤い輝きが無気味に輝度を増した。

「“石”は相当の影響下にあるぞ...。」

ズモクが、ワイドスクリーンに見入って言った。

「このゴマフートの神々さえ、動きが見えぬ、...どうにもなることではない...。」

傍らにいた、タレスが言った。

「それに、われわれは干渉してはならないことになっている...。」

半透明のスパイダが言った。

2003/08/12 Tue  

ジュジュはひん死の床に臥していた、...死は目前だった。生のままならない苦痛とは違う、覚めた知恵そのものの自分に気づいた。あらゆる認識はそのままの形でやって来た。順序がランダムに現れてはつながっていた己の生の記憶が、一気に煩わしさを抜けた。
己の存在は自明で疑う余地がなかった。

「“石”が生き返っておるぞ!?...。む、やつらは?...ゴマフートひとつひとつが神々の現れということか...?」

ジュジュの毛筋一本動かさず、思考だけが走った。

2003/08/13 Wed  
ジュジュは存在の不思議を思った。こうやって死にかけてみると、現実の死は恐怖よりもむしろ迷路を抜け出た感じで、爽快感に満ちたように思えた。
己の存在が無くなることは、あらゆる遍在に開かれているようにも思えた。
ジュジュはこの場に及んで自らを投げかけた。
...魂の深みは、はかり知れない深度から滾々と湧き上がる漆黒の湧水の様であった。
2003/08/14 Thu

「転生の終わりの段階にさしかかっておる者がどのように出現するかが問題じゃな...。」

タレスが長い顎髭をなでながら、ゆっくり巨大なスクリーンから向き直り言った。

「われわれが待ち続けた“成就者”がまもなく出現するのは、“石の庭の蓮華”が数千年ぶりで咲くのを見ても明らかなはずじゃの...。」

ギリシャ神話のゼウスのような風貌のズモクが、響きわたる明瞭な声で言った。

「私のような複眼の物神達ですら、“成就者”がどのような展開で出現するのかまったく見当が着かない。...まったく2千年ぶりにドキドキしていますよ。」

振り返った顔に八個の複眼がスクリーンを映し込んだ。

不可思議な長方体、ゴマフートは“石の庭”の高空に徐々に集結し始めていた。

2003/08/15 Fri  

ヌルヌは持っていたグリーンポラリスを、機を見て、やおら黒い中心の石めがけてポイと投げた。石は中心石の中空に止ると、微かな振動と唸りを上げた。しばらくすると黒い中心石は強烈なグリーンに発光を始めた。地響きと共に想像を絶する規模で石の全容が浮かび上がった!

「ジュジュ、いよいよ“その時”が来たよ。じゃが本当の冒険の時はこれからじゃ。」

ヌルヌが言った。

「さよなら、ヌルヌ。また遊びましょう。」

ジュジュが言った。

2003/08/18 Mon  

ジュジュは砂漠の都市にいた。砂嵐を予感する雲がミルクコーヒー色に南方の空を占めると、早くも目も開けていられないほどの細かいパウダーに見舞われた。

「行くのか!?旅の人...。」

子供をかたわらに抱えた男が引き止めるように声をかけた。

「...あんたのおかげでこいつは助かったんだ。なにかお礼をさせてくれ...。」

男はジュジュの後ろ姿に叫んだ。

2003/08/20 Wed  

「一度止まった心臓を再び動かせたあなたは神様ですか!?」

男が叫ぶのが聞こえた。
特別な事は何も無かった。
...その時、荷車に押しつぶされた子供に、そっと手を触れただけだった。
奇跡の大袈裟な予兆は何も無かった。
時間が逆流したかのように、子供はあっけなく回復したのだ。

やがて砂嵐がやってきた。

2003/08/21 Thu  

強烈な砂のジェットが、寸前でジュジュを避けて流れてゆく?
いや、よくよく見ると直前で砂が消えている!?...ジュジュは平然と歩く事が出来た。人やロバのいなくなった広場を歩いて、ジュジュは街の門を出た。後からはその男と子供、それに20頭あまりの羊の群れが果敢についていくのが砂嵐の中に見えた。

2003/08/22 Fri  

この、ジュジュと、救済された親子、それに羊の一団は、砂漠にちりばめられた交易都市をゆっくり流浪した。4つ目の“象の雨”という街に着くころには、奇跡の人を慕う千人を超える大一団となっていた。

2003/08/27 Wed  

そのころ、“象の雨”では絶世の美女と近隣の国々よりうたわれる「王女サファイヤ」が統治していた。

王女サファイヤの姿たるや遥か離れた場所からも、その立ち姿に気品と優雅さがうかがわれた。その眉は涼やかで、瞳は砂漠に突如として見える深い紺碧の色をたたえた湖のようであった。

2003/08/28 Thu

交易都市“象の雨”の平和は、ひとえに王女の気品と美貌に支えられていた。
その美しさの不思議なほどの存在感は他に比べるものがなかった。一目見たいとこの地にやって来る王族、権力者、交易の豪商達のさまざまな贈り物、交易品で王宮の前庭は山になった。

そこには自然と大きな市が立ち、朝から楽師やグリオが囃子たて、大いな賑わいをみせていた。
前庭で午前に行なわれる、王女のお付きの侍女達のきらびやかな応対にすら大きな人垣ができる始末だった。

「ジュジュさまの一行がお見えになりましたぞ!」

お知らせの男が叫んだ。

2003/09/02 Tue  

「この“象の雨”に、あなたが来て下さるのを心から望んでいました。」

王女サファイヤがジュジュの一行を大きな椰子の木陰に迎えた。
ジュジュは、王女の、潤いがからだのすみずみまで行き渡るような美しさに、胸を打たれた。

「なんと裕福で美しい街だ!それに王女は稀にみる孔雀のように、気品と優雅さと美しさを兼ね備えている...。本当にあなたは砂漠の輝くサファイヤの様だ...!」

ジュジュは王女を見て感嘆した。

2003/09/03 Wed  

「...砂漠の深い夜の星よりも光り輝く...“象の雨”の王女、...過ぎ行く“時”を相手に戦いを挑む、...あなたもまた、私と同じ存在の冒険者...。」

突然ジュジュが、王女の瞳をみつめたまま瞬きもせず謎のように言った。

「7つの“石”の存在を、今あなたに明らかにしましょう。」

王女サファイヤがジュジュに確信のほほえみを返した。

2003/09/10 Wed  

そこにどこからともなく妙なる打鐘の音が響いてきた。
その音は心を突き抜けるようであった。
上半身裸の男が鐘をたたきながら雑踏の中から現れた。

「明らかにするものなど何も無い、すべては人の心が作り出したものだ。惑わされてはならぬ。」

男がジュジュを直視して言った。

2003/09/30 Tue  No.33 “石の庭”

ピンと伸びた背筋、何の曇りもない鍛え抜かれたスマイル。...オブロニだった。

「きさま、何もわかっておらんな。この美しさは真実とは無縁だ。」

オブロニがジュジュを真正面に見据えて言った。

「暗頭来、暗頭打。明頭来、明頭打。真にすがしいものは何事もなく突き抜けてるぞ!目を覚ませ!」

オブロニは言い終わるやクルリと背を向け、打鐘を鳴らしさっさと人込みに消えた。

ジュジュは背中に一棒食らった様な気がした。

2003/10/01 Wed

「象の雨の王女、あなたの美しさにわたしは今、あやうく心を奪われそうになった!...死の瀬戸際にあるものすらきっと虜にする...。」

ジュジュは王女を真直ぐ見つめゆっくり言った。

「おおっ、...あなたは違う...!...あなたは他の者と違います。それでこそ、ジュジュ様!それでこそ”砂漠の泉”です。私の二千年に及ぶ孤独は今癒されました...。」

王女サファイヤの深遠の瞳が深さを増したように開かれた。

2003/10/07 Tue  

王女の謁見を終えたジュジュの前に、今まで抑えられていた大勢の人垣から傾れるように人が倒れ込んできた。
流行り病で死にかけた女、不治の難病の老婆、イザリの足の無い男、死を待つ老人、爆弾でやられた子供ら、などなど...、それらがどっと堰をきったようにジュジュの前に押し寄せた。彼等は生ある限りジュジュの奇跡にすがるしか無かった...。

2003/10/09 Thu  

ジュジュが顔を上げ言った。

「私は今理解した...。あなた方の苦しみ、悲しみ、痛みは、私そのものの痛みではありません...。それはあなた方自身のものなのです...。この途方もなく辛い苦しみと、救われない悲しみと、堪えきれない痛み、これらを今、あなた方はあなた自身に降り掛かった厄災以上のものとして理解することが大切です...。この悲惨な恐ろしい生にあなた方は神を呪うことでしょう...。しかし、あなた方の重荷を除くことが決して良いことでないことを、私は今、理解しました...。」

その目は涙をいっぱい溜めていた。

その時、王女サファイヤの女官の一人が進み出て言った。

「ジュジュ様...!お慈悲を!!」

2003/10/10 Fri

「...私は王女様の預言者コーラです。ジュジュ様、どうかお慈悲でございます。...いったい、この様な者達を見捨てることができましょうや?!ジュジュ様を頼るしか生きる道の無い者達ばかりでございます...!どうか話を聴かれるだけでも、ここにしばしのご留意を!」

女官が、立ち去ろうとしたジュジュの背に言葉を投げかけた。

その言葉に、振り返りかけたジュジュは驚愕した!そこに居た瀕死の者達...、そのすべての一団が、まばゆい金色の光に包まれ地上からおごそかに浮き上がりつつあった...!どの顔も苦悶の表情が無上の笑いへと変容していくのであった...。

「ううっ、!?」

ジュジュはうなりをあげた。

2003/10/14 Tue  

ジュジュは、己の知らず知らずのおもいあがった考えにひどく赤面した。
それというのも...、スローモーションのように振り返ったジュジュの瞳の反射に、このような声が天空に響き渡ったのだ。

「どのいのちも成就しないものはない!どのように悲惨で短いいのちも、必ずや何時か“いのち”の完成をみる!

...ジュジュよ、お前はこう考えていないか?“このもの達はこの苦しみ、病、悲しみのままに、そのままが生きてる証しではないか...。どのような努力をせずとも、簡単に人の不幸を取り去ってしまうこの能力...。これは何者かが自分をまやかしてるのではないのか...。”と。

しかし、ジュジュよ、おまえは“人”だ...。人とは何だ?...どのようなものにすら手を差し伸べるこころを忘れてはならない...。ジュジュよ、“おのれ”とは“おまえひとり”なのではない。」

2003/10/15 Wed  

声は、ジュジュにあきらかに何者かの威厳のある言葉として響いたが、多くの者には理解を超えた超常の現象として見えた。
昼間に燦然と幾百万の星が空に出現した。同時に聴いたこともない深い神秘そのもののようなコーラスが響いた。
人々のみか、犬までも驚きに声を失い、ロバはその場に立ちすくんだ。
その一団は金色に包まれたまま強烈な光を放ち昇天していった。

...どれだけの時間がたったのか見当もつかなかった。...気がつくとジュジュの掌には金色に透きとおる石が握らされていた。

その奇跡を目の当たりにした大勢の衆生から、なんともいえないどよめきが興った。

2003/11/28 Fri  

ジュジュは、気がついてみると一人大樹の下に目覚めた。ふと、掌が気になってそっと開いた。そこに、あの、金色の透きとおる石が在った。ジュジュはそれにそっと目をやると、そのまま放心した...。

表現を超えていた...。その石は集約されなかった。
その存在は“個”ではなかった...。
どのように表現してもその存在を語る事は無駄に近かった。
...ただ、その通常の形態は透明な金色をしていた...。
...それは今そこに何が起るわけでもなかった...。

「おまえさん、それは“眠り石”といわれるものじゃ。」

突然ジュジュの居るすぐ上、大樹の顔のような瘤がしゃべった。

第二部 ドリームストーンへ 続く

 

 

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