数奇なパンロゴ外伝 惑星MZ-1 編


2001/09/05 Wed

 クロシオタローの巨大帆船「グレートアンビシャス号」は着陸体制に入った。地表がグングン近づいてきた。この惑星の表面は見渡す限り銀色のさざ波が光っていた。

「タロー、このまま着水するか?」
 パンロゴ航法をコントロールしてるオオカミ男のロフロンジが言った。
「オーライ、オーライ。ここの海の透明度はばかにある。キレイだ。いってみよう〜!」
 タローが言った。
「おいおい、そんなこって大丈夫か?タローさんよ?!海には魔物がいるぜ。」
 マスターオブレンテがコルトをいじりながら言った。
「ダイジョ〜ブ、ダイジョーブよ、キャプテン!この星は3回目ですよ。」
 タローは目玉をおもいっきり開いて言った。
「だが、海ははじめてだぜ。」
 オブレンテが言った。

 “惑星MZー1”は、80%が海にかこまれていて大きさは丁度太陽系の金星ほどであった。この惑星には希少元素のタンタルベータが多量にあるのが発見されたのだ。

 

2001/09/05 Wed
 「惑星MZー1」の海は異常なほどの透明度で、スケルトンと言っていいほど先まで見えた。
 この星では7この太陽のかたまりが北斗七星のようにまとまって出る。穏やかな環境は地球に似ていた。

 陸地は、土も在り、河も流れ、森林ような物体におおわれていた。かたちや色はむしろ粘菌のように、ジェル状のもの、キノコのようなもの、黄色やまっ赤だった。原色の巨大粘菌の森は、植物とも動物ともつかない不思議な生態系を作り上げていた。

 前回の探査でマスターオブレンテは、この森に入り、巨大松茸としか思えないモノを持ち帰った。余談だが後日、日本人はこのニュースに狂喜した。しかしそれは、実は高度の知的生物であることがじょじょに判明したのだった。

「松さん、いよいよ着いたよ。」
 パンロゴが言った。
「む、我が故郷に戻ったか、パンロゴさん。」
 松が言った。
 “松”とはその巨大松茸だった。 
2001/09/05 Wed

「ここの海はきれいすぎるぜ、松っさん。なんかあるぜ、感だけどな...。」『』マスターオブレンテが窓から海を見ながら言った。
「む、わしらの記憶というのは物事じゃないんじゃ。臭いで考えたり、記憶してるんじゃ、それ、こんなにおいじゃぞ!キャプテン。」
 松が言った。
サンマを焼いた時の臭いのようなものが、コントロールルームに立ちこめた。
「ん?臭いだけ嗅ぐと悪かね〜な!?コレがこの海か?!」
 マスターオブレンテが言った。
「オラが日本に居た時にこのこーばしい匂いをかいだことあるぞ!?」
 パンロゴが言った。
「これはダイコンおろしでやるとたまらないよ、そうだ!サンマだ!」 
 パンロゴが続けた。

 

2001/09/06 Thu

「臭いが記憶というのも変だな。記憶を物質化して言語にしてるのですかね?う〜む、なんだかわからな〜い!」
 クロシオタローが、肩をすくめて言った。

 グレ−トアンビシャス号はMZー1の海に着水した。異常な透明度がまだ地上に浮遊している感覚をおこさせる。
 タコのハチロー、スケハチの兄弟が、早くも海に飛び込んでいた。
「チャプテン、しょっぱくないよ?!フツーの水!」
 スケハチが言った。
 浅瀬の大陸棚のように続く下の方には、熱帯の珊瑚礁のように赤や青や黄色の物体が鮮やかに見えた。

 甲板に出てると、ときおり強烈なバナナの臭いがした。
「なんか、バナナ臭えな!?」『』マスターオブレンテが言った。
「そう、それはバナナで記憶されてる。バナナは”ようこそ、いらっしゃい”の意味じゃな。」
 松さんが言った。
「おお、こっちの歓迎は“ハバナの葉巻”きだ〜あ!がははは。」
 葉巻きをやってたマスターオブレンテが幾つもの輪を煙でつくって吹き掛けた。
「やや、?!キャプテン、それはまずいぞ、それは“バカヤロー”の意味じゃ。」

 

2001/09/06 Thu

 グレ−トアンビシャス号の甲板と言わず、辺り一面、どこからともなく葉巻きの臭いでいっぱいになってきた。マスターオブレンテは、葉巻きを急いで海に投げ入れた。すると、海から葉巻きが投げ返された!
「こりゃあ、やべ〜や、お〜い誰か!バナナ持ってこい!早くしろ〜い!」
 マスターオブレンテが怒鳴った。
「バナナったって?!キャプテン!?」
 手下が怖じけづいて言った。
「はは、バナナならたっぷりあります!わたし、大好物ですから。それ!」
 クロシオタローがいつのまに八百屋のようにバナナを積み上げてた。
「野郎ども!バナナを海に投げ込め〜!」

投げ込まれたバナナは、ゆらゆら海中に漂いながらどんどん粒子化して空中に強烈なバナナの臭いが立ち込めた。
「ははは!アクアーバ!ようこそ!いらっしゃーい、か!」
マスターオブレンテは葉巻きで一服しようとして、パンロゴに止め
れた。

 

2001/09/07 Fri

この惑星に夜が来ようとしていた。やがて7この太陽は順に海に沈んだ。
すると反対の方角から月が登ってきた。
なんと、月は巨大な正三角形であった。クロームメッキのように異様に光っていた。
鏡面のような海に反射して、ほんものと影の正三角形が呼応していた。

「おお、なんて美しい風景だろう。悪い夢のようだ!」
 クロシオタローが目玉を思いっきり開いて叫んだ。
「ガォ〜〜〜ゥ!」
 ロフロンジは思わず月に吠えた。
「おい、ロフロン、やっぱり三角でも月は月か?ははは!おもしれ〜え!」
 マスターオブレンテがパイプを燻らせロフロンジをからかった。愛用の葉巻きはパンロゴに取り上げられ、お宝コレクションから、自慢のパイプを引っ張り出してたのだ。
「俺はもともと紳士なんだぜ!がははは〜!」
 マスターオブレンテはみんなを、パイプで煙に巻いた。

 

2001/09/07 Fri

 学習能力の異常に発達した、タコのハチローとスケハチは、海から直接“この惑星の記憶”を知った。しかしそれは“臭いのレコード”としてある程度だった。スケハチはすでにバイリンガルになっていた。
 “臭いのレコード”はDNAの並びのような構造をしていた。
 スケハチの解読によると驚くべきことをMZー1の海は記憶していた。
「ぜ〜んぶ臭いなんだよ〜、このおしゃべりは。」
 スケハチはしゃべり始めた。

 

2001/09/07 Fri

 “1億2000万年ほど前にMZー1には粘菌類とは別の植物系の古代文明があった。その文明は高度に発達した樹木で出来ていた。地球のアフリカにあるバオバブやアブラヤシに似た巨木が中心で、あらゆる存在という存在の極みを理解するまでに発達していた。
 その意志伝達にはフェトンチッドのような香成分で行われていた。”

「こんなこと臭いのレコードが言いマッタケ。」
 スケハチが通訳した。

 

2001/09/09 Sun

「だがよ、スケハチ、ここにはそんなに大きな木は見当たらないぜ。もっともだいぶ前の話しだ、1億2千万か...。」
 マスターオブレンテがテーブルに頬杖ついて言った。
「チャプテン、いまでもこの星のどこかに居ると“レコード”は言ってたよ!」
 スケハチが言った。
「むう、植物がそれほどの能力を持っていたとは、ホント、思いもよらないことですね〜、なんだかわからな〜い!」
 クロシオタローが肩をすくめ、クルッとひと回りして言った。

 クロームメッキの月は中天にかかりひときわ異様に輝いてた。
どこからともなく歌が聞こえてきた...。?!

 

2001/09/10 Mon

 夜の海に煌々と輝くクロームメッキの月に呼び掛けるように、そのコーラスは海の底から響いて来た。
 これを聞いたものは心の深い琴線を弾かれた思いがした。

 どこかなつかしい男女混成のコール&レスポンスは、アフリカの歌のようだった。

「なんだか、すごくなつかしいよ〜。西アフリカのいなかに帰ったみたいだ。」
 パンロゴが言った。
「ワタシも故郷を思い出したよ!日本の港町のお囃子もこんな歌い込みがあったのを、今の今まで忘れてたよ。“ア、ヤマトノ、ハヤシデオシトクレ〜”そう、こんな歌だったな!」
 クロシオタローが振りを付け、踊りだした。

「...いったいどこから聞こえるんだ?」
 マスターオブレンテがコルトに手を伸ばし、つぶやくように言った。

 

2001/09/11 Tue

 グレ−トアンビシャス号がこの惑星に来たのは、稀少元素のタンタルの一種、タンタルベータが露天掘り出来るほど多量に発見されたことにあった。
 タンタルベータは、コンピュータなどの電子部品に対しいわば“覚醒剤”のような働きをした。その能力を数千倍に高め、異常なほど高めることが出来た。この希少な物質は、エレクトリック文化を持つものは、どのようなことをしても欲しい物質だった。

 発見されるや、強引で無謀な採掘をはじめたのは、またも西インド会社だった。松さんの話によれば想像を絶する規模の露天掘りで、惑星環境は破壊され、松さんの目の前でも知的生物の集団殺りくが行われていた。

 

2001/09/11 Tue

「ヤツラのやり方、そりゃあひどいもんさ!わしらの村は根こそぎブルドーザーでなぎ倒され全滅だった。ヤツラの感覚じゃわしらはただの植物にすぎん。集団殺りくも“へのかっぱ”じゃ!わしの叔父の村長の松五郎も交渉に行ったその足で殺されてしまった。
それにタンタルベーダはあんたらの“金”に等しい、わしらの財産そのものなんじゃ。」
 松さんは覚えたばかりの言葉で言った。

「ほほう、それじゃ貿易は可能ですね〜!」
 クロシオタローがにんまりした。
「松っさんそりゃあひでぇ、ゆるせねえな!今や松っさんは俺たちのともだちだ。西インド会社のヤツラめ!ブッツぶしてやる!」
 マスターオブレンテは顔を赤くして言った。
「あの会社を押さえるだけの権力は、今やどこにもありませんよ、キャプテン。」
 クロシオタローが言った。
「ん〜!燃えるぜ!この俺がぶったおす!」
 マスターオブレンテはコルトを突然ブッぱなした。マストから潜んでいたムーピーがドサッと落ちた。

 

2001/09/11 Tue

 マスターオブレンテは偵察用の小艇“スマートボーイズ”を引っぱりだして発艦させた。形はブーメランに似ていた。
 この船は7人乗りで“ロバ”と呼ばれるほどスピードはノロかったがグライダーのようにゆっくり滑空することができた。
 脚には着水用のフロートがあり、ポラリスエネルギーを利用していた。パンロゴなどのフレーズのスキャットですきなようにコントロールすることができるものだった。

「む、俺はどうもこいつの操縦はにがてだ。誰かやってくれ。」
 マスターオブレンテが言った。
「OK!まかせて!オブレンテ。」
 パンロゴがかってでた。

「シェケレシェケレパア、ツレレ、シェケレシェケダア!しゅっぱ〜つ!」
 かろやかに“スマートボーイズ”は風を受け始めた。

 

2001/09/12 Wed

 7つの日を浴びて“スマートボーイズ”は音もなくゆるい速度で低空飛行に入った。
“スマートボーイズ”には、パンロゴ、マスターオブレンテ、ハチロー、スケハチ、松さん、の5名が乗り込んだ。めざすはかって、松さんの村の在った、タンタルベータ露天掘りの現場だ。

 この不思議な惑星をめぐる、信じがたい出来事は始まった。

 

2001/09/12 Wed

 飛行するフルオープンの窓から、スケルトンの海は手にとるように海底が見えた。赤や黄のカラフルな珊瑚礁が終わると、暗黒が口を開けた。
「かなりの深さですね。チャプテン。」
 ハチローが覗き込んで言った。
「1000メートルはありそうだな。」
 マスターオブレンテはパイプをくゆらせながら言った。
 真下をキラキラと 銀色に光る一団が走り抜けた。
「いわしの群れ?魚がいるのか?」
「チャプテン、イカです。魚はまだみかけませんね。おいらと同じタコ族もいるかもね。」
 スケハチが言った。

「パンロゴ!ちょっと待って!いま、なんか見えた!へんなおおきな影だよ!?...スゴク大きい!?」
 ハチローが叫んだ。

 

2001/09/13 Thu

 みんなは一斉に真下を覗き込んだ。海中に、大きさが円形劇場ほどもある丸い塊がゆっくり動いていた。
「船か?」
 マスターオブレンテが言った。
「チャプテン、なにかしま模様があるよ?!」『』スケハチが言った。
見てるまに、みるみる壮絶な波しぶきを上げてその物体は浮上してきた。
「西瓜だ?!」
 ハチローが叫んだ。
「おお、ホントじゃ、でかいネ〜。でも、西瓜はわしらの乗り物だよ。人間の船と同じじゃよ。」
 松さんが言った。

浮き上がった西瓜の中から派手な水玉模様の婦人が現われた。
「ホホホホ、み〜なさん!コンニチ〜ワ!わたくしはオニオン婦人で〜す。」
 すごい早口でしゃべりだした。

 

2001/09/13 Thu

「いったいあなた達はどちらまで行かれるの?場合によってはわたくしの、豪華“エリザベス号”にお乗せしてもイイことよ?!ホホホ。」
 オニオン婦人が機関銃のようにしゃべった。
「え〜と、...。もうちょっとゆっくりしゃべってくれんかの〜?」
 松さんが言った。
「ア〜ラ、しつれい。わたくしは少しばかり忙しいの、これから急いでいかなくちゃならないとこが3つもあるのよ。悪いけど“かたつむりのムーピー”おいていくので、またお会いした時戻してね。 それじゃ、みなさまさよ〜なら〜!」
 ムーピーを渡すなりオニオン婦人の船“エリザベス号“は潜行していなくなった。

 あまりの早さに“スマートボーイズ”の連中は、唖然として見送った。
「詳しいことはー、わたくしにお聞きくださーい。」
 かたつむりが言った。
「わたくしにはー、録音機能がありまーす。」

「おもしれ〜。それじゃどうだ!言ってみろ。“オタケサ〜ン!”」
 マスターオブレンテがムーピーに言った。

 

2001/09/14 Fri

 ムーピーのかたつむりは、あること、ないこと、ま〜ここまで?というほどよく知ってた。
 ほとんどは、役に立たない芸能うわさばなしに近いものだった。
「わしらあ、こんな"へ"でもない話聞いとると、安堵の気持ちにもなるのう。...村が平和だったころを思い出すよ。いまじゃ、誰もおらん...。」
 松さんがしみじみ言った。
「松さん、元気だせや!このままじゃすまさねえ!」
 マスターオブレンテが言った。

 やがて“スマートボーイズ”の前方に陸が見えて来た。

 

2001/09/14 Fri

 西インド会社のタンタルベータ採掘は無人化されていた。20基近い工業用のロボットが昼夜の別なく稀少元素タンタル鉱石を掘り上げ、巨大な穴が空いていた。その周りには強力なディフェンスが施され、1個師団の軍組織が守っていた。何ものもとうさぬ要塞のようだった。

 風船のように太った男、所長の“バルーン”は、ボルドーのワインを傾けていた。
「うま〜い、うま〜い、ほんとにオイチ〜!大佐もド〜ゾ。」
 バルーンが言った。
「...おろかな!わたしは酒は飲まん。...しかしこの骨付き肉はうまそうだ!...ムシャムシャ。」
 マ−キ−大佐は人間ではなかった。この軍組織のトップにあったが彼はラブラドール犬とのサイボーグだった。

 

2001/09/18 Tue

「緊急連絡!マーキー大佐、不審な飛行物体が目撃されました。レーダーには映りません。」
 所長室に、アナウンスが入った。
「わかった。スクランブルをかけなさい。」
 マ−キ−大佐が黒目がちの眼を動かした。
「粘菌ゲリラのやつらですな〜?!ちょうどいい。ひっ捕らえてキノコソティにしましょう。」
 赤ら顔 のバルーン所長が言った。

 対ゲリラ用のヘリが、2機“スマートボーイズ”に急接近し、威嚇してきた。

「気をつけてくだせ〜!あのヘリには...。」
 松さんが言った。
「警告!われわれの誘導にしたがえ!さもないと撃墜する。」
 ヘリのスピーカーががなり、反響した。
「パンロゴ、ちょいと、挨拶していくかい?」
 マスターオブレンテがパイプをくゆらせた。

 

2001/09/18 Tue

 接近して来たヘリは“スマートボーイズ”を両側から挟み込んで来た。パンロゴは速いフレ−ズをスキャットし、突然ブレイクを入れた。ヘリの視界から“スマートボーイズ”は消えた。

 “スマートボーイズ”はヘリの真下に在った。ブーメランのような翼の上には、マスターオブレンテが歩いていた?!片側のヘリの腹になにかくっ付け、翼の上を歩いてもう片側のヘリの腹にも付けた。
 そこには、なにかスローモーションで見ているような場面が展開していた。
「あばよ!おととい会おうぜ。」
 マスターオブレンテがハッチに飛び込むや、そこからブーメランの形はなくなった。

 “スマートボーイズ”は数百メートル離れたとこに出現していた。2機のヘリは、あせって旋回を始めたとたん、爆発した。

 

2001/09/19 Wed

 立ち去る“スマートボーイズ”からなにかが落下して来た。
 あのムーピーかたつむりだった。

「アテンション!アテンション!...オタケさ〜ん。オタケさ〜ん。あんたバカね!あんたバカね!マ〜スターオブレンテは、こ〜のように申しておりましたー。」
 マーキー大佐の前で、かたつむりは喋った。
「...あれはマスターオブレンテだったのか?!」
 手袋をぬぎながらマーキー大佐は唸るように言った。
「そーでーす。わたしには録音機能がありまーす。どうぞしゃべってくださーい。」
 かたつむりが言った。
「...愛してる。...こう伝えてくれ。」
 マーキー大佐が言った。

「しょうちしましたー。“アイシテル”ですね。それではみなさん、さようならー。」
 かたつむりは、大急ぎで扉の方に這って行ったが、ノロかった。

 

2001/09/20 Thu

 “スマートボーイズ”が海岸線を越えたあたりで、強烈にバニラの香がただよった。
「バニラは強い喜びの臭いだよ。海が喜んでるよ。知ってるんだよ。西インド会社のやつらのヘリを撃墜したからな〜!」
 松さんが言った。
「チャプテン、東に向かうと島があるからそこに行ったらいい、と海風が言ってるヨ〜?...アレレ?いつから風の言葉が解るようになったんだろう?オイラ。」
 スケハチが言った。
「おまえら、まったく天才だな〜!」
 パンロゴが言った。

 ゆっくり飛行する“スマートボーイズ”の向こうに、やがて海から正三角の月が昇って来た。まるで巨大な輝くピラミッドのようだった。

 

2001/09/21 Fri
 その島は、大きさ、気候とも、ハワイの島々によく似てた。
 原生林の森は、いったいいつごろから在るのか、見当もつかないほど古くから在った。若いものでもかれこれ1万年を生きている。
 唯一在る港は、西インド会社の無謀な虐殺をのがれた粘菌人で活気づいていた。港は、その名も誰がつけたか“ワイキキ”と呼ばれていた。
 “スマートボーイズ”は静かな、月の輝く入り江に着水した。
2001/09/21 Fri

 “ワイキキ”は、いろいろな粘菌人で賑わっていた。テング茸をおもわせる派手な婦人やら、目の覚めるような色使いの民族衣装をきた菌類人、渋いアンバー系の帽子に真っ白のYシャツをキメた、中年キノコなどがバザールを楽し気に闊歩していた。
 ここでは、巨大な樹と共存した粘菌人が作り出した町並みは、不思議な美しさを持っていた。
「野郎!!ふざけるね〜〜!!」
 とつぜん喧嘩の声がバザールの横町から聞こえて来た。

 ...だまっちゃいられないのが揃っていた。

 

2001/09/25 Tue

 バザールのテントから、よれたボロのようなものがゴロゴロと飛び出た。小柄な、杖の老人だった。黄色い顔の粘菌人にたたきだされ、路上に転がったその顔はニタニタ笑っていた。

「どうした?イエローおやじ。」
 マスターオブレンテが顔を突っ込んだ。
「どうもこうもねえ。タンタルもねえのに、この餃子を食いやがった!」
 黄色の男が、棒を振り上げ言った。
「おいおい、相手はよぼよぼのじいさんじゃねえか。ゆるしてやっちゃどうだ?」
 オブレンテが言った。
「なんだと〜?ふざけるな?!お前が払うか?こっちは慈善事業じゃねえんだ!」
 黄色い男が言った。
「いくらだ?」
 オブレンテが言った。
「お前が払うなら、まけて10000タンタルだ!」
 イエローが言った。
「そりゃ、暴利じゃ!」
 松さんが言ったとたん、突然マスターオブレンテのコルトが火を吹いた。

 

2001/09/25 Tue

「さ、さん百タンタルもいただきゃ、けっこうですんで!」
 イエローがあわてて言った。
「はいよ、ワン、ツー、スリー。とっときな。」
 オブレンテが、イエローのびびる手のひらに小銭をのせると、飛ぶようにいなくなった。
「じいさん、無銭飲食はまずいぜ!」
 オブレンテが言った。
「ははは、みなさん、ありがとう。いやいや、ワシは、今、持ち合わせがないのでこのパイプを形に...、と言ったんじゃ。」
 ニヤニヤしながら、じいさんが懐から取り出したパイプには、目をつぶった男の顔が彫刻されていた。
「これを、あんたに預ける。」
 じいさんは、それをマスターオブレンテに手渡すと、よろけながら人だかりにいなくなった。

「チャプテン、そのパイプの顔、まるで生きてるみたいだヨ。今、眼がまばたいた。」
 スケハチが目を丸くして言った。

 

2001/09/26 Wed

 マスターオブレンテは、その、人の頭部のパイプで早速一服つけた。紫煙の中に見たこともない不思議なものが現われ、すぐに消えた。
「なんだ?今のは?俺の錯覚か?」
 オブレンテが言った。
「違うよチャプテン!僕らにも見えた。あれはここの精霊かも知れないデス。」
 ハチローが言った。
「ケモノのような植物のような...。あんなのアフリカにもいないよ!」
 パンロゴが言った。
「ウ〜ム!なんだか、忘れていた感覚がよみがえるような味だね、
頭ん中はすご〜くクリアーだぞ!...なんかあぶなくね〜か?」
 マスターオブレンテが言った。
「麻薬のような習慣性が有るかも知れない。チョット様子を見た方がいいね、チャプテン!」
 スケハチが言った。

 

2001/09/27 Thu
 そのパイプに麻薬のような習慣性はなかった。しかし紫煙の中に毎回、その怪物のようなものが現われた。何度かマスターオブレンテは不意打ちをくらい殺されそうになったが、不思議なことに戦っている内に力がみなぎってくる。まるで手段を決めない実戦そのもののようで、終わると非常な爽快感が満ちる。やがてその怪物とマスターオブレンテの間に、家風を別にする尊敬のようなものが生じた。
 パイプマンは自らの名を“M”と名乗った。以後パイプを吸っても“M”は現われなくなった。しかし、紫煙がなんとも言えない、神々しい香に満ちるようになった。
001/09/28 Fri

 “M”は狡智にたけていた。それは生物が、あらゆる可能性をためす知恵のようでもあった。
しかしまた、そのグローバルな視野を持った行動は、深い生命観から成り立っているように思われた。

「油断もスキもね〜な。ヤツは。だがピュアでフェアーだ!こんな悪党はめったにいね〜な!俺はうれしいね。」
 マスターオブレンテは、しわくちゃに笑って人頭のパイプを見つめ、煙を吐いた。
「“M”は、この星のもっとも進化した“いきもの”みたい。チャプテン!」
 スケハチが言った。
「このパイプの素材の樹は、1万年たって精霊化したんだヨ。スピリットはここ!チャプテン。」
 ハチローは、煙を“ひょっとこ”のような口から吸い込んで言った。
 パイプの顔がポッと赤くなった。

 

2001/09/28 Fri

 突然パイプの“M”の顔の眼が開き、口を開いた。
「マスターオブレンテ!あんた餃子好きか?!」
「え?...オオッ?!あ、まあな。」
 オブレンテが答えた。
「じゃあ、俺にウマイ餃子を食わせろヨ。」
 “M”が言った。
「俺は、餃子が好きになってしまったヨ。俺をつれってってくれるか?ウマイ餃子のあるところへ。」
 Mが言った。
「なんだってえ!?まてまて、餃子なら俺にまかせろ!いますげ〜のを食わしてやるぞ〜!さっそくよういするぞ!」
 オブレンテが怒鳴った。

 

2001/10/02 Tue

「どーだい!うまい餃子だろ〜?!」
 マスターオブレンテが言った。
「チャプテンただものでないね。どうやって覚えたのヨ?」
 スケハチが言った。
「若いころ、上海に居たことがあってな。あはは。餃子ってえのはな、焼きがむずかしいんだぜ!がははは!」
 オブレンテが言った。
「コレはウマイ!モグ、モグ」
 “M”が言った。 煙りの中から“M”の腕が頻繁にのびた。

 

2001/10/04 Thu

 ホテルの庭に、餃子のいい臭いが立ち込めた。
 あっというまに、1000個がぺろりとなくなってしまった。
「いやー食った、食った!でもまだくえるな〜!」
 “M”が言った。
「ようし、もう一丁いこうか!」
 マスターオブレンテは、さらに1000個追加した。
「...信じられんな、わしはまだいけるぞ?おかわり!」
 “M”は再び1000個たいらげた。
 合計3000個というとんでもない数が、記録に残った。

ワイキキの浜は、餃子の芳ばしい焼きの臭いでいっぱいになった。
「チャプテン、この臭いは、なにを表わしてるか知ってる?」
 スケハチが言った。
「...わからねえ。なんだ?」
 オブレンテが言った。
「“裸のつきあい”です。」
 スケハチが答えた。

 

2001/10/05 Fri

 ホテルの庭のビーチチェアで、マスターオブレンテはうたた寝をしていた。
「おい、マスターオブレンテ!お前を呼ぶ声が聞こえるぞ?!」
 パイプが眼を開けて言った。
 見ると向かいの椰子からムーピ-が降りて来た。
「お?お前はオニオン婦人のお使いかたつむりじゃないか?」
 オブレンテが言った。
「伝言で〜す!“くれぐれもアイシテル”西インド会社のマーキー大佐がこのようにおっしゃってます。以上で〜す。おわり。」
 かたつむりが言った。
「マ−キ−大佐?あのイヌ野郎か?ほほ〜、言ってくれるじゃないか!」
 マスターオブレンテは、ひげの先をとがらしながら続けて言った。
 「こう伝えてくれ。“今度は、あんたの大好きなアイスクリームをたっぷりおごってやる。その前にふつーのイヌに戻してやる!”わははは!」

 

2001/10/09 Tue

「Mよ、お前のように何万年も生きてるってのはどうなんだ?俺は一度聞いてみたいと思ってたんだ...。退屈にならねえか?」
 マスターオブレンテがパイプをくゆらした。

「あんたら蝶の一生見てどう思う?」
 パイプの彫刻が眼を開け、返した。続けて、
「俺達から見ると、1個の蝶でいる間はなんて短けえんだ?...そう思うよ。だけど俺みたいに、なが〜くいる者にはいのちってのがそれ1個、それっきり、じゃないのがハッキリ解る。」
 パイプマンが淡々と喋った。
 マスターオブレンテが言った。
「つまり、あんたは昔は何万年も立ち続けた大樹だったが、今はパイプマンてことか?」

 パイプマンが返してきた。
「そう。だが、パイプマンに“M”は、もはや依存はしてない。“M”は煙りのようだ。あんたらには理解不能だよ。はははは。」
「タイプは違うが退屈そうだな、わははは!」
 マスターオブレンテが大笑いした。

 

2001/10/10 Wed

「俺に言わせりゃ、生きてる長さは適当でイイよ、“おもしろさ”がほしいな!“おもしろさ”がよ。」
 マスターオブレンテが煙をほわっと浮かべて言った。神々しい香があたりに漂った。
「キャプテン、“おもしろさ”のプレゼントだ、そらよ!」
 煙の中からMの腕がブーンと来た、その手から丸めた古い地図がマスターオブレンテに手渡された。
「?なんだい?コリャ?」
 マスターオブレンテが地図を開いて言った。
「ほんの餃子の礼さ!“おもしろい”ぜ〜!...ほいじゃまたな。」
 Mはあっと言う間にかき消えた。

 その地図には信じられないことが描かれてあった。

 

2001/10/10 Wed

 その地図は、惑星MZー1が空洞で、極地に出入り口があることを示していた。
グレートアンビシャス号などで、何度か成層圏外から見て発見されなかったのは、極地が厚い雲に覆われているためのようだった。

 そしてその内部の地図と思われるものも記述されていた。
 それが不思議なことに、どう見てもわれわれの故郷、地球としか思えない形をしていたのだ!

 

2001/10/10 Wed

「なんじゃあ?コリャ?!驚いたぞ!この星には裏があるのか?!こりゃあ凄い!宇宙の世界遺産だ〜!冒険だ!探検だ!ワクワクするぜ〜!!すぐに出発だあ!!」
 マスターオブレンテが怒鳴った。
 パイプマンはクールに眼を閉じた。

 真夜中に近かったが、みんなワイキキの浜の“スマートボーイズ”に戻った。
「この星に居て、わしらもゼ〜ンゼ〜ン知らんことじゃった。」
 松さんが頭をひねって言った。
「チャプテン、この裏の地形は...地球そっくりだよ?」
 ハチロー、スケハチが声をそろえて言った。
「ココ行くの“スマートボーイズ”じゃ無理だね。一度、グレ−トアンビシャス号に戻る?マスターオブレンテ?」
 パンロゴが言った。
「う〜む、そうするか!よ〜し、帰艦するぞ!」
 マスターオブレンテの声が操縦席に響いた。
 静かな湾に停泊していた“スマートボーイズ”は勢いよく離陸した。

 

2001/10/11 Thu

 巨大帆船グレ−トアンビシャス号は、惑星MZー1 の南極にあたる部分の濃い暗雲の中に突入していた。
 直後、凄まじい雷と嵐にきりもみ状態になり着水した。高さ50メートルもある波が甲板を洗った。
「ドント、ドント、ドント波乗り越え〜て〜、と。さすがの私も船酔いになりますよ〜、凄い波だ!しかし、ホントに入り口は見つかりますかね〜?」
 クロシオタローが言った。

「お?右舷前方になんか居ますぜ?!」
 ロフロンジがスクリーンを見て吠えた。
「レレレ?あの、ティーカップのマークは?!」
 パンロゴが言った。
「うわあ?西インド会社だっ?!」
 スケハチ、ハチローが声を揃えた。
「なんだと〜?!」
 マスターオブレンテが大きく揺れながら怒鳴った。

 

2001/10/12 Fri

 渦巻く小山のような波の間から、白地に赤のティーカップのマークがハッキリ確認できるそそり立ってる物体が、どんどん近づいてきた。黒い巨大な突きでた円筒形は、なにものにも似てない幾何学的な形をしていた。

「この地図にあるゲートアイランド“黒い臍”ってえのはココですよ〜?!きっと!」
「ここに上陸してロックキーをオープンにしないとダメのようですぞ〜ぉ?!で、でもなんだかわからな〜い?!」
 クロシオタローが言った。
「チャプテン!ここの仕組みはポラリスエネルギーを利用してるヨ!きっと。パンロゴをたたけば解除されるデス!」
 スケハチが言った。

「よし、俺がいくぜ!」
 マスターオブレンテは大声で名乗りをあげた。
「オラもいく!」
 パンロゴが続く、「俺もいくぞ〜っ!」
 マッチョが叫んだ。3人は間髪を入れず自動ハッチから嵐の海へ飛び出した。

 なんと無謀なヤツラだ〜!

 

2001/10/12 Fri

 すぐさま発射装置から、3人に向けて3つのサーフボードが発射された。
 なんと!50メートル以上あるオバケ波をマスターオブレンテ、パンロゴ、マッチョの3人は楽しんでいるように乗りこなし、ひとり、またひとり、と大波とタイミングをとり“黒い臍”の上に降り立った。

 まったく凄いやつらだ!!

 そそり立つ“黒い臍”の上は、まっ平らで思ったよりも広く、ヘリが発着できるほど広かった。
 だが、激烈な波しぶきと猛烈な風で立つのがやっとなほどだった。時折黒雲の隙間から真っ青 な空が覗くのが、なんとも不思議な感じをあたえた。
「オブレンテー!ここに花が咲いてるぞ!?」
 マッチョが目を丸くして叫んだ。

 

2001/10/15 Mon
「?どっかから歌声が聞こえる!?」
 パンロゴが怒濤の嵐の中、耳をそばだてて言った。女のソプラノユニゾンコーラスが、その2本の花から聞こえて来た。まるで冥界から届いてでもいるように遠くゆらゆらと。

 その歌はこのように歌っていた。
「わたしたちは元は砂漠の花、でもここに移植されたの。
来る日も、来る日も嵐の中、散ることを許されない。
私は一生ここで終えるのね。私には足はないから。
誰かが訪ねて来たら、教えてあげるわ。晴れ渡る世界、その入り口。
一緒に歌って。そうすれば教えてあげるわ。さあ、一緒に歌って。」
 
 パンロゴは それに合わせて静かに、だが唸るように力強く“シピリンピリンパ”のリズムを乗せていった。

2001/10/16 Tue

 低くたたき出すパンロゴと、2つの花の歌う澄んだユニゾンデュオは、荒れ狂う海と空に深く深く浸透していった。

 不思議なことに、今の今まで、鬼のように荒れ狂っっていた狂気の海は、落ち着きを取り戻し、雲の切れ目から青空がたちまち広がった。
 隙を見てパンロゴは、その2つの花を救うべく圧縮携帯カプセルに入れた。
「あ、わたしたちの棘に気を付けて!わたしたちを助けてくれるの?!」
 花が同時に言った。
「イエ〜ス!オラにまかせて!」
 パンロゴが言った。

 驚きで目を丸くして海を見てるマッチョの前方正面に、巨大な虹が縦に立ち上った!
「わおぅ!?なんで?!こ〜なるの?」
 マッチョの顎が落ちそうになった。
 そこには、世界の果てを思わせる光り輝く“滝”が出現していた。今まで見たこともない光景がパンロゴたちの前に現われた。

 ふたたび飛行を始めたグレートアンビシャス号がパンロゴたちの真上に来ていた。

 

2001/10/23 Tue
 パンロゴたちの目の前には、とんでもないパノラマが開かれていた。海がそこで瀑布となって落ち込んでいた。

「俺はビクトリアの滝を見たことがあるが、比較にならね〜!」
 マスターオブレンテが目を回しながら言った。
 想像を絶するスケールで海が落ち込み、そこから立ち上がる瀑布の飛沫が巨大な虹を立ち上げていた。
 惑星の内部に通じる穴という概念はおよそ持てなかった。むしろ出現した入り口は、その内部の輝きを浴びて神秘の明るさにハレーションを起こしているようだった。

 パンロゴたちの乗ったグレートアンビシャス号は、ゆっくりとその輝きの中に、吸い込まれるように消えた。


おわり

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