「PIRE 2」 平治絵巻外伝


 

No.1

 時は平安の終わり頃。
訳あって源氏方の藤原信頼の屋敷に幽閉されている二条天皇は、
平清盛の六波羅の内裏に脱出する寝耳に水の脱出計画を、その日訪れて来た側女より知らされた。
それは、今、この昼日中だった!

内裏の両脇に跪いて座る女房殿お付きの武装武士の一群からは、笑いが起っていた。
警護の剛の者が、女装して車に乗込むのが見えたからだ。

「さあ、各々方無事に警護を頼むぞ。天子様の御車は女子のじゃ、女房殿のじゃ。よいな。」
お伴の公家姿の者がそう耳打すると、一気に警護の数を減らした牛車は、おずおずと門の外に出た。

昼日中の門前は乞食や筵のイザリや老婆が座り込んでいたが、一向に驚くでもなく脇に避けた。
車は地面に濃い影を落としたまま、ギイーとひしゃげた音を立てゆっくりそこを離れた。

同時に大門を待機していた公家達の車が、ぞくぞくと合流して出て来た。
外は門の直前まで、弓、太刀を手挟んだ源氏の武者達が押し寄せていた。

「お待ち下され!すべての車の中をあらためさせてもらうぞ。」
ゆっくりと車は源氏の武装武士に取り囲まれた。
「ご苦労だがその方達、無礼であろう、何も聞いておらぬぞ。我ら殿上人と知っての所業か?」
「これは失礼つかまつる。我ら天子様をお探し申しておる。
公家殿と言えど、へたをするとむざむざ落命しますぞ。おとなしくしているのが御身の為。」

一際背の高い男が、すばやく御簾を跳ね上げると、顎を引き上げ首実検を始めた。
「失礼する!む、違う。」
「ここも違う。」
「こいつでもない。」

つぎつぎに車を囲み、ついにあの車のところに武者が来た…。
「女子か?女房殿か…。」
「我らが御探し申すのは、天子様お一人。」
「いや、待て、この御車は何か変だ…、臭うぞ…。何の臭いだ?」
その時御簾の奥から思いもかけずに一発音がした。ボワッ。
「…おはずかしいかぎりでございます。出物腫れ物止める事がなりませぬ…。」
「屁か!こりゃたまらん。女子の屁は勘弁じゃ。行けい!天子様は屁などなさらぬ!」

「…いや、ちょっと待て!」
小柄で落ち着きの在る男が御簾を跳ね上げた。

 

No.2

「今の一発は女子とは思われぬ…、男が乗っておるに違い無い。中を改めさせてもらおうぞ。」
その武士は太刀柄に手を置き、車に乗込んだ。

薄暗い中に長い髪の影が数人浮かんだ。男は軽く中をあらためてから
「めずらしいことだ。鬚の女子がおるのう…、」と独り言のようにつぶやいた。
ぎょっとして一人がこちらに顔を上げた。
武士の太刀がその女子の喉首に着けられた。
するとどう云う拍子か、脇からもう一発、スゥーゥッと長い屁の音がした。

「…お静かに。」武士が小声で喋った。
「この場に及んで、人間とは不思議なもの。
斯様な場に於いて、のびのびと屁をなさるお方を拙者は今まで知らぬ。
急に胸がわくわくしてまいったぞ。
拙者は何も見なかった事にしたくなった…。」

そう告げると、武士は外へゆっくり降りた。
「中は女子ばかりだ!」降りると男は怒鳴った。
牛車はその場を切り抜け、遠ざかって行った。

「いったいどうした事だ?」鬚の“女房殿”が振り返るように言った。
「…今朝程食した蓮根の仕業にございます。」
「法然上人様のお庭で取れたものにございます。さぞ、体外に出るまでも精魂神通力がございましょう。」
別の女がそれを取り出した。

警護の女装した武士が言った。
「…わしにも病の母が居る、有難くいただくとしよう。」
「で、どなたが?」

「私ではありません!」

おわり

 

 

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