数奇なパンロゴ ココレレ編


2001/05/15 Tue

 日の出とともに目覚めたココレレは天空に目をやった。2羽のわしが遥か空高く旋回していた。その日が来たことをココレレは知った。冷たい清水で顔を濡らすと、すぐに南へ歩き始めた。

 ココレレは12歳になっていた。祖父のジュジュに教えられたとおりに、このバオバブまでたどりついてた。この大きな木の下で人が来るのを待った。いろいろな人が来るが、その順番をよく覚えなくてはいけない。
 2日間は誰もこなかった。
 最初に来たのは粉屋だった。
 彼は植物の実を1つココレレにくれた。次に来たのはブチのやせたイヌだった。
 イヌはなにも持っていなかった。
 その次に来たのは音楽家だった。彼はココレレに金杯になみなみの水を飲ませてくれた。
 次に来たのは死に神だった。幸い死に神の眼はつぶれていた、ココレレは息をこらして彼をやりすごした。
 真夜中になってあかんぼの声がしたので目を覚ましたが、誰もいなかった。
 夢にジュジュが出て来て、わしが来たら南へ旅立つようにココレレへ告げた。

 

2001/05/16 Wed

 ココレレに、ずっと遠く強い上昇気流に乗って旋回する2羽のわしは道を、先導していた。
 強い日ざしが道にチョコレートのように濃い影をつくった。突然、この影が起き上がってきた。彼はココレレに並び、いっしょに歩き始めた。
「お前はボクの影だろ?」
 すると、持っていた小さなムビラが彼のことばを軽やかにしゃべりはじめた。「そうさ。きみがどこまでやるか見極めるのさ。きみは12才になって、はじめての旅にだされた。このことはきみの一生にとって大事なことだ。」
 軽い風のような言葉で影はしゃべり続けた。

 

2001/05/17 Thu

 影は歌った。風のように。るんりらるんりら、るんるんりらり。
ココレレが大きな木の下で休むと、濃い木の影と交じってカゲは見えなくなった。揺れる木漏れ日のように、ムビラの声だけが聞こえた。時が深い昼寝をして時間が止まった。

 りらりら、るんるん りらりら、るん。ふたたココレレは、風のうながしに目覚めた。

 

2001/05/22 Tue

 ココレレは、粉屋がくれたひとつぶのコーラの実を手のひらにのせ開いた。するとたちまちにしてあたりは真っ暗やみになった。コーラの実からは金色のまばゆい輝きが四方八方に突き出た。ココレレは驚いて目を輝かせた。色鮮やかにあらゆる場所のあらゆるものが見える。極彩色の出来事は現実の数十倍のリアルさがあった。見ただけですべての実在が見渡せた。それに比べれば、今までの見える木や空は夢の出来事のように思えた。あやしいとこは一片もなかった。これは15年のちのココレレが再び見るものだった。すべてのあらゆるものは見える事自体そのものが無上のよろこびだった。想像を絶する手の内の輝きをココレレは、そうっと閉じた。

 

2001/05/24 Thu
 背の高いやせた男が、向こうからバイクでやってくるのが見えた。パイプのように どんどん土煙がこっちにきた。カブだった。ゴーグルのなかの目は動物のようだった。かなりポンコツの カブは銀とチョコレート色のブチもように塗り分けられていた。
 バイクに乗ったまま男はココレレに言った。
「おれは迷ってるんだ。出口はどこなんだ?!」
 ココレレはゴーグルをのぞきこんで言った。
「出口って?」
 男はばかにするように言った。
「この砂漠のだ!」
「知りません。」
 ココレレは、またのぞきこむように答えた、今度は反射で水色の地平が見えた。
「おお、すまなかった。おまえのような子供に聞いたのが間違いだった。」
 男は、はきすてるように言った。
「おれが何年も出られずにいる出口を、お前が知る由もないな。」男はアクセルを吹かして、ふたたび煙りしか見えなくなった。
男はこのあたりで“さまようブチ犬”と呼ばれてた。それにここは砂漠ではなかった。
2001/05/25 Fri

 ココレレはテマの市場をとおりかかった。太鼓や歌が聞こえた。市場の雑踏を、顔がただれたもの、ボロボロのやぶけた服のもの、乞食のようなグリオ集団とすれちがった。この中にしっぽの丸まった黒いサルを連れた男がいた。サルはココレレを見上げ懐かしそうに言った。「サンコニャ!」ココレレは驚いた。不思議な懐かしい思いでむねがいっぱいなった。男はグイとサルの首ひもをひっぱって雑踏に消えて行った。

 ココレレは思い出した。自分が7歳の誕生日にサルを助けた事があった。その日の朝、家の入り口にサルがうずくまっていた。みると腹から内臓が飛び出してた。ココレレは、あわてて村の呪術師に持って行ったことがあった。そのサルは眉間に勾玉の形のキズがあったのだ。そのキズと同じものが、あの男のサルにはあった。

 

2001/05/28 Mon

 ココレレの祖父ジュジュはカラバシ村の呪術師だった。ジュジュはパンロゴドラムの名人でもあった。彼の打ち出すパンロゴはけして速いものではなかったが、あらゆるものの芯に浸透した。その響きは正午の日ざしのように単純で明解だった。ある日、彼はココレレが旅立つ時がきたのを知った。天空の知者のみちびきに従いココレレを出発させた。ジュジュは静かにパンロゴをたたいた。ワシは遥か高い空まで上昇と下降をくりかえすと、スーッと方向をきめた。

 ココレレには双児の兄がいた。生まれて三ヶ月のとき鳥にさらわれた。彼の名は『サンコニャ』と言った。額に勾玉のしるしを持って生まれて来た。このことはココレレには知らされなかった。

 

2001/05/30 Wed

 ココレレの双児の兄サンコニャは生きていた。7年間サルのファミリーとして生き、猟師にジャングルで発見された。このニュースを聞いた王族の王女がサンコニャを強引に引き取った。サンコニャには額に鮮やかに勾玉形の朱色のアザがあった。このことが一層王女をその考えにさせた。初めは野性むきだしであったが、12才の今、すずやかな顔には王子の高貴ささえただよっていた。サンコニャはことのほかパンロゴ演奏を好んだ。王族は楽器を禁止されてたが王女の願いで例外扱いであった。しかし、言葉はいぜんしゃべらなかった。
 ある日の午前、中庭の木陰でパンロゴがたたかれていた。彼のたたくパンロゴには実に不思議な響きがあった。ころがるような軽やかな響きは風に乗って遠くのジャングルまでとどいた。この音を聞いた黒いサルの一団はさめざめと泣いた。

 

2001/06/06 Wed

 サンコニャは不思議な能力を持っていた。さまざまな霊を見る事が出来た。見る視点のフォーカスを変えると別のものがダブって見えた。
 あるとき、ひとりの“コギリ”という木琴を弾く老人が、大きな樹の下で演奏していた。サンコニャには、この老人に大きなバオバブの樹と1000人もの守護霊団が見えた。この霊団の長老は白いヒゲをはやしていた。名前はヨージェメと名乗った。そしてサンコニャの頭に直接話しかけてきた。『サンコニャ、おまえに頼みたい事がある。』
サンコニャはびっくりして目を見開いた。するとその老人はかき消えた。しばし中空をみつめていると、こんどは木琴が言葉をしゃべりはじめた。
 ...それはむかし、むかし海に栄えた何万年も前の王朝の話しだった。

 

2001/06/07 Thu

 サンコニャの目の前に、現実よりも鮮やかにいろんなことが起こった。サンコニャはどちらが今見えてる本当の事だかわからないほどだった。
この見たことのない文化は歌がすべてを動かしているようだった。少女のサークルのコーラスが歌うと、まん中に有る巨大な石は軽々浮かびあがった。
 また木琴を鳴らすと、光の束があちらこちらから現れ水を自在に操った。海中も泡につつまれどこにでも行けた。
 太鼓のアンサンブルは、その波動で動植物の生命力を極限に高めてた。祖先の霊と霊体の行き来にも深くかかわっているようだった。
 この文化は、不思議なほどの明るさと素朴な感じを持っていた。

 サンコニャは、はっ、と気がついて現実にもどった。木琴とともに木琴を弾いていた男の姿も消えてた。ふと見上げたら、高い大樹の葉の茂みからまっ黒な大きな鳥がこちらを見てた。

 

2001/06/14 Thu

(これは物語りですが、いろいろな形をもってこの話の進行と同時に磁石のように吸い寄せられ、集まって来てるものがあります。まったく不思議。ひょっとするとどこかのホントの話しなのかも知れないと思うことが出て来ました。)

 ココレレは人の行き交う市場で木琴を奏でる音楽家にくぎづけになった。
 ココレレの目の前で、音楽家が木琴を弾くと、なみなみと金色に波打つ泉がそこに出来た。魔法をかけられてるのかとココレレは触ってみた。冷たい感触と、みずみずしい感覚がそこに泉があることを示してた。何度こころみてもそれはそこに在った。
 そのとき、突然なにか黒い生き物が金色の泉に投げ込まれた。ココレレは目を疑った。あのサルだ。サルが飛び込んだのだ。それと同時に、泉の中央からサファイヤブルーに輝く人のかたちをした粒子がきらめき立ち、瞬く間にひとりの女性になって泉の中空に浮いてた。

 

2001/06/15 Fri

 この神聖な女性の目の覚めるような美しさに、ココレレは目を疑った。まわりにいた人々もどよめいた。なんだか、なつかしさが込み上げてココレレは居ても立ってもいられなかった。
すると、もう一人の音楽家がもう一つの木琴を合わせて奏ではじめた。空は一瞬にして満天の星空と化した。
 喧噪の市場は神秘の宇宙の中心に回転しているようだった。
ロバや荷車、水売りの瓶までが存在の神秘を示している。2つの木琴はみごとにからみあって、信じられない美しさを市場に出現させた。
 ココレレは、あらゆるものがこんなにはっきり見えたことはなかった。あらゆる事が、手に取るように理解出来た。
 金色の泉はやがて鏡のように静まって、漆黒の色も同時に浮かべはじめた。ここに、サファイヤブルーの女性の正確な像が逆さにはめ込まれたように映り込んでた。突如として、ココレレはこれは葬式の音楽だと思った。自分は死んだのかと思った。

 

2001/06/28 Thu

 サンコニャはサルのファミリーに7年間すごした経験があった。人がなくしてしまった動物の感が強くはたらいた。この見つめる影が危険でないのはすぐわかった。
黒い影はやがてはっきり見えてきた。
 それは大きな白いフクロウで、その顔は人の顔のようだった。
「教えてやろう、サンコニャ。」
 まるい黄色の目をゆっくり瞬きさせた。
「お前には双児の弟がおる。その名をココレレといい、額にお前と同じように印がある。」
 フクロウはクルッと顔が回転して逆さになった。
「お前は上向き、弟は下向きじゃ。」
「もうすぐここにやって来るぞ...。」
 そう告げるとフクロウは静かに目を閉じた。

 

2001/07/10 Tue
 このテマの市場はまつりで大変な賑わいになっていた。地方からたくさんの部族も出て、広場は、野菜やら家畜やら日用品の山の間を荷車やロバが行き交う。その目ぬき道りをハンカチを振る乙女の行進がやって来た。その後ろをドラムバンドが着いて行く。ココレレは自分の目を疑った。その行進の一番後ろに身の丈3メートルもある黒い装束の異様な姿をしたモノが着いて行く。「死に神だ!」ココレレは直感した。見上げた頭巾に隠れた顔はしゃれこうべだった。
 手にはギラッと光る大鎌をたずさえ、眼窩は暗黒だった。
 ココレレは息を殺して通り過ぎるのを待った。
2001/07/11 Wed

 死に神は何かを感じたようだ。一瞬立ち止まって空気の気配を伺うようなしぐさをした。だが、ココレレがそこにいるのは見えないようだった。

 ココレレは心臓が口から飛び出しそうだった。自分の額にある勾玉のアザが熱く真っ赤に発光しているような気がした。誰もこの死に神には気付かないのだろうか?時間の止まったようなまつりの雑踏を見回した。
 と、そのとき、行進する乙女達の反対側に異様に青く輝くモノが見えた。ココレレはなんと自分の額に有るのと同じ勾玉の形を直感した。

 そこにはココレレの双児の兄、サンコニャがいた。

 

2001/07/12 Thu

 サンコニャは初めて言葉を発した。
「ココレレ?!」
 二人は一瞬にしてすべてを了解した。
 ココレレは思いきり“青い輝き”に叫んだ!
「サンコニャ!?」
 ダンスの流れを挟んで声ははっきり聞こえた。

 ああ、どうしたことだ?!死に神もまたサンコニャを視野に捕らえた。
 死に神は地響きのような声で叫んだ。
「サンコニャか?!、おまえをつれにきた。」

 そのとき、いままでのゆっくりしたドラムビートは、激しいドラミングとともに変わり、乙女は輪になって激しく踊り始めた。

 

2001/07/13 Fri

 その時、一陣の風とともにどこからともなく猿の群れがサンコニャの周りに現われた。中心には身の丈5メートルは有ろうかとおもえる全身銀毛の猿が現われ一声吠えた。
「なにもんだ?」
 死に神が低く叫んだ。

 

2001/07/16 Mon

「サンコニャは渡せないぞ!」
 銀の大猿は、いまにも食いつかんばかりに死に神を睨み付けた。
「おまえは猿の大神だな?!」
 大鎌をギラつかせて死に神が言った。
「...わかった。もう少しおまえにサンコニャは預けるとしよう。」
 と、睨みあっていた死に神も、銀の猿神も、次の瞬間かき消えた。

 サンコニャは暗い意識の泉からやっと目覚めた。ベットから起きて見回した。ここはどこなんだろう?涼しい木陰が窓の外に木漏れ日を作って揺れていた。
ひんやりした土間は、懐かしい感じがするが見たことのない場所だった。部屋の中には誰もいなかった。
 サンコニャは、何百年もの眠りから覚めた感じがした。

 

2001/07/19 Thu

 ココレレは深いねむりから覚めた。2段ベッドの上段で顔の位置に丸い窓があった。ココレレはおそるおそる覗いた。空を飛行しているようだった。真っ白な雲が横を流れた。
 あのテマの市場での出来事が鮮明によみがえってきた。どうしてここにいるんだろう?サンコニャはどうしたんだろう?死に神は?銀の猿神は?
 それにしてもここはどこなんだろう?
 窓から下を見ると海から雲の粒が、次々と沸き上がって来るのがみえた。粒...。なにもないとこに発生するのがなんとも不思議だった。それらはひとつひとつ生き物に見えた。これはこの惑 星の見てる夢なのかもしれないと思った。

 

2001/07/21 Sat

 サンコニャは見回すように振り返り、壁にある大きな絵にくぎずけになった。

 それは、ある物語りが描かれているようだった。広い壁いちめんを鮮やかな刺繍で彩られた織物が続いていた。
 王の行進やらそれを祝う乙女達のダンス、その後にいるドラム隊。それを挟むように赤い光を放つ渦と、青の渦が対峙し、上空に巨大なドクロのようなものが飛行していた。
さらにその先を目で追うと、双児と思われる王子達の話。赤ん坊をくわえた大きな鳥。宮殿の庭と木琴。ジャングルと猿の群れ。

 サンコニャは呆然とした。そこに描かれてあったのはみな、いままで自分が経験したことであった。

 !!...サンコニャは踵を返し、急いでこの先を見ようとした。

 

2001/07/23 Mon
 そこに描かれていたのは港の風景だった。
 サンコニャは、それをくいいるように眺めた。画中のタイトルリボンに“MELA HERBAR”と読める文字があった。18〜19世紀風の港の風景が細密に描かれあった。大きな風車や、入港する帆船、荷役の船など、で賑わっている港の絵だった。その中で不思議なのは、とてつもなく巨大な外洋帆船がどう見ても空中に浮いているように見える。その他の何隻かも海上から浮いて見える。
 その後を目で追うと風景は3人の人物の肖像に変わってた。
2001/07/24 Tue
ココレレ、サンコニャという双児の出会いの運命の輪。それが乙女のダンスを中心に挟んだ“ローター現象”を起こした。そして時空の離れた“メラの港”のポラリスエネルギーと共振した。

 はては“テマの市場”と“メラの港”という共振が生じている町をとてつもなく大きく揺さぶった。
なんとも不思議なことが起り始めていた....。

 

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